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春オマケ

満開の夜桜に見下ろされて宴も(たけなわ)。 街角にあるその公園は花見スポットとして知られており、このシーズン、毎年毎晩多くの会社帰りの人間で溢れ返る。 張り巡らされた提灯の明かりに浮かび上がるのは春宵の陽気にそそのかされて騒ぐ社会人。 酔狂、とは正にこのことか。 しかし不思議なことに人で満遍なく溢れ返る敷地内にて一カ所だけ空いている場所があった。 ある御一行様を中心にしてまるで大きな円が出来上がったかのような。 日当たりが悪くて周辺の桜の開花が遅れている、というわけではない、むしろ一際立派なソメイヨシノが咲き誇っており、この公園において実はベストポジションだった。 では、何故? それは御一行様の一部に原因があったわけで。 「おかわり!! ビールおかわり!! ビールくれ!!」 金髪鼻ピアスという、見るからにヤンチャな外見をした黒埼六華が遠巻きにしていた花見客へわざわざ迫り、酒を強請っている。 「すみません、このコ酔っ払ってるんです、すごく」 六華の後を追い、萎縮してしまっている花見客に塩顔スマイルで侘びているのはシンジだ。 ハイなテンションの六華を冷静なシンジが連れ戻した先には二人の男がいた。 咲き誇るソメイヨシノの元、ブルーシートに並べられたお重には手作りのおつまみがズラリ。 美味しそうな料理を作った張本人である彼は酒盛り目当てのお花見であるにも関わらずネクタイをきちんと締め、スーツを着込み、正座していた。 「六華さん、ビール、まだこちらにありますから」 彼の名前は佐倉綾人。 銀縁の眼鏡が嫌味なくらい似合う、綺麗な笑い方をする、端整な男だった。 綾人の隣で胡坐を組んで寛いでいるもう一人の男。 手付かずの黒髪をしつこくない程度に撫でつけ、夜なのに薄い色つきのサングラスをし、闇に同化しそうな黒の上下を纏った、 「佐倉さん、ひとつ、野球拳でもやるか」 闇金業者支配人、黒埼。 弟と共に事務所を切り盛りしている、見るからに堅気じゃあない、鋭い一重の目をした隙のない男だった。 「それは……遠慮しておきます」 「やる! 兄貴と野球拳やるやるやる! そんじゃあ脱ぐぞ!」 「黒埼君、ジャンケンする前から脱ぐって、ある意味ルール違反だから」 早速シャツを脱ごうとしている六華を止めるシンジ、彼だけが部外者というか、唯一闇金事務所の人間ではない。 見るからに一般リーマンでありそうな綾人も黒埼の元で働いていた。 そうは言っても電話や訪問による過激な督促行為は黒埼兄弟のお仕事、綾人はあくまで裏方の事務員として書類作成をこなす日々だった。 「しんちゃんも脱げや!」 「だから。ジャンケンしてないよ。ルール違反です」 ほぼ真逆と言ってもいい弁護士事務所に籍をおくシンジは、六華の背中に刻まれている艶やかな牡丹が周囲に目撃されて益々委縮されないよう、懸命に脱衣を阻止している。 ちなみにだが。 「じゃあジャンケンすんぞ! しんちゃん!」 「しません。ちょっと大人しくして、黒埼君」 六華とシンジはお付き合いしている。 兄の黒埼も半分公認の仲だ。 さらにちなみにだが。 「桜の下でキスひとつやらねぇのも無粋だと思わねぇか、佐倉さん」 「や、やめてください」 黒埼と綾人もお付き合いしている。 まぁ、つまり、端から見れば黒埼兄弟の雰囲気がアレで近寄りがたい一行だが、実のところ兄弟ダブルデートで仲睦まじくわいわいしているだけなのであった。 薫り深い風にふわりふわりと吹き乱れる花弁。 「綺麗ですね」 相変わらずの正座姿で頭上に見惚れる綾人に、黒埼は、目を奪われる。 すっと伸びた頤(おとがい)に無防備に緩んだ唇。 躍るような口調で花弁の舞を褒め称え、春夜に溶けるように微笑む。 最初に事務所を訪れた綾人からは想像できない感情豊かな微笑みだった。 『妻にそんな真似させられるわけないでしょう』 かつて綾人には正式な伴侶がいた。 彼女は夫に黙って黒埼の事務所と契約し、借入を重ね、その返済はただちに滞った。 彼女の返済を何とかするため、ただでさえ自己破産して切り詰めた日々を過ごす身でありながら、綾人は黒埼の元を訪れて告げた。 『何でもやります。覚悟はできています』 当時の綾人には厭世的な翳りが顕著に見て取れた。 以前、兄の連帯保証人となり、肝心の兄はその後行方知れずとなった。 唯一の身内に裏切られ、多額の債務を背負わされて自己破産の道を辿った男は嗜虐心を煽る虚ろな色香を我知らず手にしていた。 そんな債務者を最大限に有効に使う道を黒埼は選んだ。 『ではご主人に体を売って頂きましょうか』 綾人は従った。 そして元金および利息をきっちり事務所に返済した。 妻と離婚し、最後に綾人が体を売った相手は、黒埼だった。 『……こうなるのは本当、初めてで……』 これまで不慣れな行為と痛みに萎えていた綾人は初めて絶頂に溺れた。 黒埼も黒埼で初めての飢えに突き動かされて彼を求めた。 『明日も明後日も来週も来月も。あんたをイかせてやるよ』 黒埼は綾人を自分のそばにおくようにした。 雇い、しかも、住む場所まで提供した。 「後片付け、俺がしておきますから。お二人はどうぞ先に帰られてください」 自分の膝枕で熟睡している六華をそのままにシンジは綾人と黒埼にそう声をかけた。 断ろうとした綾人より先に「じゃあお言葉に甘えさせてもらいますよ、シンジさん」とすかさず回答した黒埼は。 片腕で綾人の背中を抱き、ほぼ空となったお重入りのデリバリーバッグを片手に掴み、その場を速やかに後にした。 「空き缶が山盛りでした、一緒に片づけた方が良かったんじゃないですか?」 「俺は気ぃ利かせたつもりだけどな」 「え?」 「六華と二人きりでしっぽり花見のご提供、よくできた兄だと思わねぇか、佐倉さん」 夜十時を控えても尚、あちこちで盛り上がっている花見客のシートの狭間を淀みなく進んでいく。 上背ある黒埼の後を歩いていた綾人は銀縁眼鏡のレンズ下で何度も瞬きした。 「私、鈍いですね」 「そこも可愛いけどな」 「や、やめてください」 公園を抜け、通りでタクシーを拾い、二人は帰宅した。 黒埼の自宅は事務所から程近い雑居ビル三階の一室だった。 事務所より部屋数はあるが内装はそう変わらない、なんとも味気ないコンクリートに囲まれた住処。 「お茶、淹れましょうか?」 二人はここで共に暮らしている。 「いや、いい」 こぢんまりした浴室に向かった黒埼、綾人はお重を洗うため給湯室へと向かう……。 黒埼はあっという間に風呂を終えた。 「どんだけ丁寧に洗ってんだ、あんた」 上半身裸で、ろくに拭きもせず、髪の先から雫を滴らせて未だお重を洗っていた綾人を背中から抱きしめた。 「黒埼さん、風邪引きますよ……?」 ネクタイを締めたままワイシャツを腕捲りして洗い物をしていた綾人はクスクスと笑う。 「私の服をタオル代わりにするつもりですか」 「そうだな。あんたの肌で拭かせてくれ」 「……あの、私もシャワー浴びてきます」 「待てねぇ」 「ンっ」 顔の向きを変えられて背後から口づけられ、綾人は、ほんの一瞬だけ目を見張らせて。 そのまま逞しい男の腕に身を預けた。 互いの唇の狭間に見え隠れする舌と舌。 生温い音を伴って頻りに戯れ合う。 蛇口の水は出しっぱなし、綾人の手はスポンジを握ったままで泡塗れという状況下、さらに深まるキス。 上下の唇どころか吐息すら熱く濡れていく。 「……黒埼さん」 しばらくして顔を離してみれば綾人の恍惚とした眼差しを浴びた。 そこにもう厭世的な翳りなど、なかった。 『堕ちたところで息はできますから』 最初に体を売った日、帰りの車の中でそんなことを言っていた男が。 『私のこれまでの人生で、今、この生活こそが息抜きなんです』 闇金事務所で働き出し、この殺風景な住処で毎日掃除や料理といった家事を楽しそうにこなすようになって、息抜きしろと肩を揉んでやればそんなことを抜かした男が。 底抜けに愛しくなるときがある。 奥の部屋にあるベッドまでもたず、黒埼は、革張りのソファに綾人を運んだ。 一切無駄のない手つきで下の服を脱がせ、深いキスで熱が集まり始めていたペニスにも口づけた。 「あの、私、シャワーに……っ」 「だから、待てねぇ」 「一分で入ってきますっ」 「一分でも待てねぇ」 鮮やかに色づく頂きを小刻みに食む。 尖らせた舌先で括れを嬲り、鈴口を舐め上げ、裏筋を甘噛みする。 「や……っ噛んだら、嫌……」 指通りのよい髪をサラリと乱して満遍なく濡れた黒髪に綾人は力なく片手をあてがった。 背もたれに深く身を沈め、大胆に開かされた両足の向こうで頬を上気させ、上目遣いに見つめてきた黒埼に上擦る声で言う。 「……黒埼さん、シャワー、」 「しつこいぞ」 床に跪いていた黒埼はソファに乗り上がると綾人に跨った。 「あ」 部屋着のジーンズ前を緩め、ボクサーパンツをずり下ろし、すでに熱に漲っていたペニスを綾人のそれに擦りつけた。 大きな掌で一纏めにしてしごき立てる。 下腹部を波打たせて程よく発熱してきた綾人を真っ直ぐ見つめたまま放埓に大胆に利き手を動かす。 「んっ……黒埼さんのと、擦れて……」 「ああ」 「黒埼さんの、熱いので、私の、溶けそう」 綾人には無自覚エロなところがある。 「ん……ん……っすごく、私……熱い……です」 黒埼は自分を煽りまくる綾人をソファに押し倒した。 ネイビーの靴下を履いたままの片足を持ち上げ、後孔に、押し当てる。 力強く隆起するペニスの先で彼の入口の感触を無造作に確かめる。 「綾人、欲しいか?」 わざわざ黒埼がそう問いかければ綾人は伏し目がちとなって。 ワイシャツを僅かに捲り、虚空でヒクヒクと震える肉茎の元、ゆっくりと下腹部を撫で上げてみせた。 「欲しいです……黒埼さん、貴方と……セックスがしたいです」 白けるくらいに明るい蛍光灯の下で執拗に絡み合う黒埼と綾人。 密着した下半身同士の間から肉と肉の縺れる音が延々と立つ。 打ちつけ、湿り、蠢いて、濡れ、滾って、さらに絡み合う。 「夜桜の残り香がする」 滑らかな首筋に顔を埋めていた黒埼は囁いた。 「春の夜はあんたの色気が増して困る」 「し、知らな……っわたし、そんなこと……」 膨れ勃ったペニスで最奥を穿たれて綾人は逞しい体の真下で窮屈そうに仰け反った。 「俺とのセックス、そんなに好きか」 縋り甲斐のある背中に爪を立て、綾人は、激しく動く黒埼をずれた眼鏡越しに見つめた。 「好き……です、貴方とのセックス……貴方に買われた、あの日から」 「俺もだ」 律動を緩めずに再びキスをした。 欲に突っ走る下半身に劣らぬ荒々しさで舌先も深く濃密に交えた。 より硬くしたペニスでより締まっていく肉孔奥を荒々しく突く。 搾り込まれるような閉塞感に呼吸まで殺し、限界まで追い込む、そして。 「あ…………!!」 先に達した綾人に促されて黒埼も抗わずになされるがまま達した。 露骨に悶え狂う熱壺に絶頂の飛沫を注ぎ込んだ。 「……黒埼、さん……」 自分の真下で満開さながらに全身を紅潮させた綾人に黒埼は惚れ惚れした。 「これなら季節問わず花見できるな」 「え……?」 きょとんとした綾人の額に黒埼はキスをして。 見渡す限り桜色の肌に溺れた。

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