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番外編 初めての父の日
生まれてからずっと、父という存在に現実味がなかったせいか、父の日があること自体忘れていた。
和泉光は、窮地に立たされていた。
父の紘一と一緒に住むようになり、バイトは全面禁止になった。今は一つもバイトをしていない。よって、自由になるお金は、毎月のお小遣いだけだ。そして、そのお小遣いは紘一からもらっている。
父からもらったお金で、父にプレゼントを買う。光としてはそれが腑に落ちないのだ。以前バイトをしていたお金はほぼ生活費に消えているため、残っているのは微々たる金額だ。少なくとも、もう少し早く父の日の存在に気づいていたら、こっそりバイトをしてお金を貯めることも可能だっただろう。
父の日に気づいたのは、今朝だ。
朝からテレビを見ていたら、父の日に何を贈りますか? という街頭インタビューが流れていた。その時になって、初めて今日が父の日だということに気づいたのだ。
「どうしよう……」
既に日は傾きはじめていた。
紘一は用事があると言って、昼頃から出掛けている。
使えるお金をリビングのテーブルの上に広げ、唸っていると、洗濯物を取り込んできた蒼が、お金と睨めっこしてどうしたの? と不思議な顔で光の顔を覗き込んだ。
「わっ」
完全に自分の世界に入っていた光は、いきなり目の前に蒼の顔が現れ、驚いて背もたれにしていたソファーに、全力でぶつかった。
「イタタ…………あのさ……今日、父の日だろ……。すっかり忘れてて、プレゼントも買えるお金ないし、どうしようかと思って……」
「うーん。そっかー。あ! いい提案があるよ!」
蒼は、嬉しそうにリビングのラックから画用紙とマジックを持ってきた。
「ほら! 肩叩き券とか!」
「俺は小学生じゃないっつーの!」
「えー。紘一喜ぶと思うけどな」
渾身の提案を一蹴され、蒼は口を尖らせる。
「そうだ。それなら、こっちは?」
蒼はこそっと耳打ちし、光もそれに同意した。
それから二時間後。
「ただいまー」
「おかえり! あ! それ、ケーキ?」
「あぁ、佐久間ん家に行ったら反対にお土産貰った」
「優斗さんの作るケーキ、美味しいよね」
蒼はケーキの箱を受け取ると、冷蔵庫にいそいそと向かう。
キッチンでは、光が腕によりをかけ、料理を作っていた。蒼が入退院を繰り返していたこともあり、料理の腕前はかなり高い。
「よしっ、できた!」
ダイニングテーブルに作った料理の数々を並べると、紘一が旨そうだな、と笑った。
「ありがとう。光」
「こちらこそ」
嬉しそうな二人を、蒼もまた幸せそうな表情で見つめていた。
-END-
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