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第1話
普段とは違う厳かな空気の体育館にいても、仰げば尊しに混じるすすり泣きを聞いても、なぜか盛り上がって担任を胴上げしたあとも、俺は卒業を実感できずにいた。
思い出の詰まった校舎やふざけあった友達との別れを思えば、『紫峰』と呼ばれるあの山の木々をもなぎ倒すほどの顔面濁流を起こせることは間違いない。けれど俺の小さな脳みそは別のことでいっぱいで、『生意気だ』と誤解されがちな目元は、濁流どころか寝不足によるドライアイ気味だったりする。
「それもこれもあいつのせいだ……」
親友から告白された──。卒業式三日前のことだった。
第一志望に落ちて失意の高校生活を余儀なくされた俺が、濁流で振り返るほど愉快に快適に三年間を過ごせたのはこの親友と出会えたおかげで間違いない。
「初めてあったときから好きだった。三年間、ずっとずっと好きだった」
そう告げてきたときのあいつは、いつも通りのそっけない口調で、
「ビビったか? ビビっただろードッキリだと思ってるだろー? だが違う。俺の本気が本気だ」
いつも通りのふざけた態度だった。
「答えは卒業式に聞かせてくれ」そう言われて、俺は小さな脳みそで考えに考えたんだ。
好きか嫌いかの二択だったら、間違いなく俺はあいつが好きだ。趣味も思考もうんと近いし、たまに意見が食い違ってもきちんと話し合える。その距離感や信頼感は、ほかのどの友達とも比べることができないし代えることもできない。
けれどもその『好き』が、あいつの『好き』と一致するのかしないのか、俺にはよくわからなくて。
卒業式の余韻を残した、寂しさと興奮の混じるざわめきを聞きながら、渡り廊下の手すりにもたれた。視線を上げればプールの向こうに桜の樹が見える。あいつとの約束の場所だ。
表通りに面した桜の群れと離れ、一本だけ植わったこの樹は俺たちのお気に入りだった。
よく授業をサボってこの樹の下に寝転んだ。「カラオケ行きてぇなー」ってつぶやいたら、あいつが突然歌いだした。少し古いラブソングが、めっちゃうまくて心に染みて。
昼休みに出前をとって担任に怒られた。冷めてしまったピザを家庭科室でこっそりレンチンし、この樹の下に持ち込んだ。あいつが最後のひと切れにかぶりつく瞬間、はじっこの一番うまいところをかじってやった。真っ赤になって怒るあいつに、なぜか笑いが止まらなかった。
俺に内緒で他県に進学を決めたことで言い合いをしたのもこの樹の下だった。将来に関わる大事な選択を、相談してもらえなかったことが悔しくて寂しかった。
その時々に生まれた感情は、ほかの誰にも感じない『特別なもの』であることは間違いないのだけれど。
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