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奉納舞 8

 午後になって参拝者はさらに増えてきた。  僕は参拝者の応対をせずに御朱印を書いているだけなので問題はないが、隣で参拝者の応対をしている倫宮司がだんだんピリピリしてきた。  参拝に来たというよりは、僕の見物に来ているような人が多い状態では、宮司が気を悪くするのも無理はないので、申し訳なく思う。 「中芝さん、こちらに初めて来られた時にお渡しした厄除けのお守り、まだ持っていますか?」 「え?  はい、部屋の机の引き出しに入ってますけど」 「ちょっと持ってきてもらえませんか?」 「はい、わかりました」  お守りなんてどうするんだろうと思いながら、言われた通りに部屋からお守りを持ってくると、倫宮司は御朱印用の席に座って、お守り袋に入るくらいの小さな紙に小筆で何か書いていた。 「持ってきました」 「ありがとうございます。  すいませんがしばらく窓口をお願いします」 「はい」  そうして僕が窓口側に座ると、さっそく若い女性のグループがお守りやお札を見に来た。  その応対をしながら倫宮司の様子をうかがうと、宮司は僕が持ってきたお守りの口を結んでいる紐をほどいて、さっき書いていた小さい紙を中に入れていた。  お守りの紐を元どおりに結びなおした宮司は、そのお守りを僕の袴の紐に結ぶ。 「ありがとうございます。  席を変わりましょう」 「あ、はい。  あの、さっきお守りに入れていたのは内符(ないふ)ですか?」  内符というのはお守りの中に入っている小さなお札のことだ。  たいていは業者から納入される時にすでに袋の中に入っているものだが、神社によっては神主が書いた神社独自の内符をお守り袋に入れてご祈祷したものを授与する場合もある。 「ええ、厄除けの内符だけでは足りませんので」 「何のお札をいれたんですか?」 「虫除けですよ。  中芝さんに、悪い虫がつかないように」 「む、虫除けですか……」  倫宮司の言葉に、僕はちょっとひいてしまう。  同時にさっき宮司がピリピリしていたのは、僕が考えていたような理由ではなく、僕に対する心配と独占欲だったんだと、今になってようやく気付く。  そう考えると、宮司の行動はちょっとうれしいかもしれない。 「あと何日かはこの調子かもしれませんから、ちゃんと身につけておいてくださいね」 「はい、わかりました。  えっと、あと、ありがとうございます」  僕がそう言うと倫宮司は「どういたしまして」と微笑んでから、参拝者の応対に戻った。

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