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12 晩ご飯とその後
倫之くんの神職体験1日目は無事終了した。
僕が見た限りでは、倫之くんは参拝者の方に丁寧に接していたし、姿勢が良くて立ち居振る舞いが綺麗だし、字も上手なので、神職に向いているように思える。
まあ僕の印象よりも、本人がどう感じたかということの方が問題なのだが。
その倫之くんは、朝社務所で着替えた私服を持って、宮司と共に宮司の部屋に向かった。
神職体験の間、倫之くんは宮司の部屋に泊まるそうだ。
僕も自室に戻って私服に着替えてから、台所に移動する。
宮司と話し合った結果、光熱費や食費などの生活費を宮司に多めに出してもらう代わりに、炊事を含む家事はほとんど僕が受け持つことになっているからだ。
僕は家事はあまり苦にならない方なので、正直その方がありがたいと思っている。
手を洗い、黒いエプロンを付けて料理を始めると、倫之くんが台所にやってきた。
「中芝さん、僕も手伝います」
「いいよ、倫之くんも初日で疲れてるだろうから、コタツでテレビでも見ててよ」
「大丈夫です。
ファミレスのバイトよりもだいぶ楽だったから、疲れてませんから」
「あー、そうか。
そりゃ、ファミレスと比べたらうちの神社は暇だよね。
それじゃあ、せっかくだから手伝ってもらおうかな」
「はい。
今日のメニューは何ですか?」
「今日はブリの照り焼きと菜っ葉と油揚げの煮浸しとお吸い物、あとは常備菜を出せばいいかな」
昨日魚屋さんで買ったブリを調味料に漬け込んでおいたので、ちょうど食べ頃になっているはずだ。
それと、油揚げはお供えのお下がりをもらうことが多いのと、宮司の好物なので、毎日どこかで一品以上、油揚げを使った料理を作ることにしている。
「中芝さん、料理上手ですよね。
お昼の親子丼もうまかったです」
「そう? それなら良かった。
けどあれ、僕の料理の腕というよりは、玉ねぎが抜群に美味しいんだよね。
アルバイトの太郎くんが庭で野菜を作っていて、よくおすそ分けしてくれるんだけど、どれも美味しくって」
太郎くんがくれる野菜は、どれも大きくてみずみずしくて美味しいのだ。
こんな都会の真ん中であんな美味しい野菜が作れるなんて、太郎くんは野菜作りの天才だと思う。
「あ、けど野菜が美味しいからつい野菜多めのメニューにしちゃうんだけど、倫之くんには物足りないかな?」
宮司は和食でも洋食でも美味しいと言って食べてくれるのだが、僕が昔からばあちゃんと二人暮らしで和食が多かったので、メニューは和食に偏りがちだ。
けれども大学生の倫之くんには、野菜中心の和食は物足りないだろう。
「明日は何か倫之くんの好きなものを作るよ。
倫之くんは何が好き?」
「えーと、肉かな」
いかにも大学生らしい答えに、僕はちょっと笑ってしまう。
「わかった。
じゃあ明日はハンバーグでも作るね」
「はい、楽しみにしてます」
そんな話をしながら、着々と晩ご飯を作っていく。
倫之くんには主に野菜を洗って切ってもらっているが、手際はまあ普通と言えるレベルだ。
聞いてみれば、実家住まいなので料理はしないが、ファミレスで時々調理に入ることがあるらしい。
「さて、出来た。
宮司を呼んできてくれるかな」
「はい」
いつも宮司はご飯が出来る前に来てコタツに入っているのに、今日は遅いんだなと不思議に思いつつ、僕はご飯をコタツに運んだ。
────────────────
晩ご飯が終わると、宮司は早々と自分の部屋に引き上げて行った。
いつもは晩ご飯の後も2人でコタツに入って寝るまでの時間を一緒に過ごすので、ちょっと寂しい気もしたが、今日は倫之くんがいるので、彼が僕に話しやすいように先に部屋に引き上げたんだろうなと想像できたので、まあ仕方がないだろうと思う。
その倫之くんは、書庫から持ってきた和綴じ本を開いていた。
「わ、倫之くん、くずし字読めるんだ。
さすが歴史学部だね」
「俺、文献のゼミに入るつもりだったから、自分でも勉強してたんです。
ここにも時々本を借りに来たり、大叔父さんに教えてもらったりしに来てます」
「あ、僕も宮司に教えてもらってるよ。
けど難しくて、辞典も使ってるけど、なかなか覚えられないんだよ。
あ、そういえば昨日宮司がお風呂行ってる間に読めないところがあって、そのまま飛ばしてたんだ。
倫之くん、教えてくれないかな?」
「いいですよ」
倫之くんがうなずいたので、カラーボックスから読みかけの本を出してきて見せると、倫之くんは僕がわからなかったところをすらすらと読んでみせた。
「おお、ありがとう。
倫之くん、すごいね」
僕がほめると、倫之くんは照れていた。
倫之くんはキリッとしたイケメンだけど、照れるとちょっとかわいらしくなる。
「これ、江戸名所図会ですか」
「うん、絵があるから読めないところも何が書いてあるか推測しやすいし、僕、和歌山出身で東京にあんまり詳しくないから、これで勉強するのもいいかなって思ってね」
「ああ、それならいいかもしれませんね。
僕も前に読みましたよ。
それで、実際にその場所に行ってみたりして」
「あ、それいいね。
僕もやってみようかな」
そんな感じで、お風呂に入るまで倫之くんと2人で時間を過ごした。
倫之くんとは少し年が離れているけれども話は合って、話していて結構楽しかった。
倫之くんさえよければ、連絡先を交換して、今後も友達として付き合えたらいいななどと思いながら、僕は自分の部屋に帰った。
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