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13 神主体験2日目
翌日も倫之くんの神社体験を続けた。
毎朝行っている賽銭箱の祈祷依頼のご祈祷を見学してもらったり、一番基本の祝詞とも言える大祓詞 を一緒に読んでみたり、境内にある榊 の木から枝を切って、ご祈祷やお祭りの時に参拝者にお供えしてもらう玉串 を作ってみたり。
そして今は、2人で手分けして境内を竹ぼうきでお掃除している。
地味だが大事な仕事だから体験してもらった方がいいだろうし、普通に毎日やらなければいけない仕事であることは倫之くんがいても変わらないので、どうせならと手伝ってもらうことにしたのだ。
自分の分担がだいたい終わったので、倫之くんはどうかなと思って見てみると、倫之くんは女性の参拝者と話をしているところだった。
あー……肉屋の奥さんだ。
あれは長くなるな。
肉屋の奥さんは商店街でも有名な噂好きなので、僕もこの神社に来たばかりの頃、情報収集だとばかりにあれこれと聞かれた。
親切でよい人なのだが、いったん捕まると長くなるのも確かなので、タイミングを見て助けに行った方が良さそうだ。
「中芝さん、こんにちは」
そんなことを考えていると、僕の方も別の参拝者に声をかけられた。
近所に住んでいて、よく参拝に来てくれるおばあちゃんだ。
「こんにちは。
ようこそお参りです」
「ねえ中芝さん、あの若い神主さん、宮司さんのご親戚?」
「あ、よくわかりましたね。
そうです、宮司のお兄さんのお孫さんなんですよ」
「あら、やっぱり?
あの男前の顔立ち、宮司さんの若い頃によく似てるもの。
宮司さんも時代劇のスターみたいだって言って、このあたりの若い娘はみんな憧れてたのよ」
おばあちゃんの話を、僕は意外に思いながら聞く。
今の宮司は優しそうな顔立ちで、倫之くんとは全くタイプが違うが、もしかしたら倫之くんも年を取ったら宮司みたいになるのだろうか。
「あの神主さんもこちらにお勤めになるの?」
「あ、いえ、彼は神主ではなくてまだ大学生なんですけど、もしかしたらこちらの宮司を継ぐことになるかもしれないので、神主の仕事を体験しに来てるんです」
倫之くんの事情は、参拝者には隠さずに話していいと言われているのでそう説明すると、おばあちゃんは「あら」と驚いた声を上げた。
「中芝さんが次の宮司になるんじゃなかったの?」
おばあちゃんの言葉に僕は苦笑する。
そう言われるのは今日だけでも5回目だ。
まあ、年を取った宮司が1人でやっている神社に僕みたいに若い神主が来たら、そんなふうに誤解する人がいるのも仕方ないことかもしれない。
「いえいえ、僕は単なる職員ですよ。
宮司のおうちは御祭神の血を引いているということなので、ご親戚が跡を継がれるなら、その方がいいですよ」
「あー、そうねえ。
そう言えば宮司さんも、あれくらいの年の頃に前の宮司さんのご親戚から養子に来られたんだったわ」
「あ、そうなんですか」
宮司も養子だというのは初めて聞いたが、そう言われてみれば、宮司の同年代のおじいちゃんたちの中にも宮司を幼馴染として扱っているような人はいなかった。
たぶんそれは宮司が大人になってからこちらに越してきたからなのだろう。
おばあちゃんは「それじゃあ、またね」と言って帰っていった。
倫之くんはどうしたかなと見てみると、まだ肉屋の奥さんに捕まっていたので、僕は慌てて倫之くんを助けに向かった。
────────────────
今日も倫之くんが肉屋の奥さんに根掘り葉掘り聞かれて困っていたこと以外は無事に終わった。
昨日倫之くんと約束したハンバーグを本人に手伝ってもらって作り、宮司と3人で食べる。
宮司は今日も晩ご飯が終わると自分の部屋に引き上げて行った。
「宮司ってもしかしたら具合でも悪いのかな。
昨日もすぐに部屋に引き上げたし、それに昼間もなんとなく様子がおかしかったし」
具体的にどこがどうおかしいとは説明できないのだが、どうも昨日から宮司の様子がいつもとは違う気がしている。
僕の言葉に、倫之くんは「あー……」と困ったような声を上げた。
「すいません、大叔父さんが部屋に引き上げたのは、僕が中芝さんと色々話がしてみたいって言ったからなんです。
跡継ぎのこととか自分がいると話しにくいこともあるだろうから、席を外しておくと言ってくれて……」
「あ、そうなんだ」
倫之くんの話を聞いて、僕は納得した。
よく考えてみたら昼間の宮司の様子がおかしかったのも、倫之くんが跡を継いでくれるかどうか不安でそわそわしているだけなのかもしれない。
「なら大丈夫かな。
けど一応は夜寝る時にちょっと気をつけて見てあげてね」
「はい」
「それで、僕と話がしたいんだったね。
何か聞きたいことでもある?」
「あ、はい。
えーと、中芝さんはどうして神主になったんですか?」
「あー、うーん、それかぁ……」
倫之くんの質問に、僕は口ごもる。
「ちなみに倫之くんは?
養子の話が出たから神主をやってみようと思ったの?」
「いえ、それもあるんですけど、実は僕、これからもずっと歴史の研究をしていきたいと思ってるんですが、それを仕事にしていくのは難しいので、どうしようか悩んでいて」
倫之くんの話に、僕はうなずく。
歴史研究を仕事にしようと思ったら、大学の先生か学芸員か歴史関係の番組や本の制作に携わるくらいしかないだろうが、そのどれもが狭き門だろう。
「それで大叔父さんに相談したら、神社は暇な時間が多いから、その間は自分の好きな研究ができるよ、だから神主兼、在野の研究者になればいいんじゃないかって言ってくれたんです。
僕は発掘とかじゃなくて文献の研究の方をやりたくて、それなら机があればどこでも研究できるので、それもいいかなって思って」
「なるほどね。
それは確かにそうだね。
神社って、正月とか忙しい時はめちゃくちゃ忙しいけど、暇な時は昨日今日みたいにすごく暇だから」
「それで、中芝さんはどうなんですか?」
「僕? うーん、僕はね……」
ここで、いつも用意している『親戚が神主をやっていて興味を持って』という、たてまえの理由を言ってしまうのは簡単だ。
しかし、倫之くんの真剣な目を見ていると、それでごまかしてはいけないような気がした。
「僕はちょっと特殊だから、あまり参考にならないと思うけど」
そう前置きしてから、僕はほとんど誰にも話したことのない、自分が神職になった理由を話し始めた。
「僕の実家は奈良県の山奥の村にある、代々拝み屋をやっている家だったんだ。
拝み屋というとうさんくさい感じがするかもしれないけど、うちは鎌倉か室町時代から続くと言われる神道系の拝み屋で、家の神殿には村で信仰されている山の神様と同じ神様がお祭りされていた」
同じ神様と言っても、どうやらうちの拝み屋の方が神社よりも古かったらしい。
神社の社家もうちの親戚筋だが、うちが本家で神社の方は分家と呼ばれていた。
「うちは代々、女の子が拝み屋を継ぐことになっていて、僕の祖母の代までは、ずっとそうやって拝み屋を続けてきていたんだ。
けれども、僕の母は拝み屋になるのを嫌がって、高校を卒業してすぐに『私はこんな古臭い家じゃなくて、もっと普通の家庭を作る』と言って出ていってしまったそうなんだ。
その後母は何年も音信不通だったんだけど、ある時、1歳になったばかりの僕を連れてふらりと現れて、そして僕を祖母に預け、また家を出て行ってしまったらしい」
僕の戸籍の父親の欄は空欄だから、母は家を出て僕を生むまでの間には、おそらく普通の家庭を作ることはできなかったのだろう。
今、母がどこでどうしているのか知らないし、特に会いたいとも思わないが、どこかで本人が願った通りに普通の家庭を持って幸せに暮らしていてくれたらいいと思う。
ばあちゃんは母と一緒に暮らすことはもう諦めていたようだが、僕にはいつも申し訳ないと言っていた。
僕はそのたびに「お母さんがいなくても、ばあちゃんがいてくれるからいいよ」と言っていたが、それでもばあちゃんの後悔は消えることはなく、結局分家から女の子を養子に迎えることもしないで、自分の代で拝み屋を畳んでしまった。
「母は嫌がったそうだけど、僕には祖母の仕事がそんな嫌な仕事だとは思えなかった。
だから進路を決める時、女じゃないから家を継げないのは仕方ないけど、僕も拝み屋になりたいとばあちゃんに相談したんだ。
でも、今の日本で拝み屋なんて怪しげなところが多いし、うちの実家みたいに昔からやってるところは血縁じゃないとだめで、なかなかいいところはないだろうから、それよりは分家のおじさんみたいな神主になったらどうかと、祖母に言われてね」
分家のおじさんのうちとは頻繁に行き来があって、おじさんが神主の仕事をしているところもよく見ていたので、ばあちゃんに言われて、それもいいなと思った。
その後、おじさんに色々話を聞いたりして、僕は結局神主になることに決めたのだ。
「実際にやってみると、神主の仕事と拝み屋の仕事はかなり違ったけど、それでも通じる部分もあるんだ。
両方、神様と人とを繋ぐ仕事だってことや、信仰によって苦しんでいる人の気持ちが楽になったり幸せな気持ちになったりできるようにお手伝いする仕事だってところがね。
実際に神主になってみて、そういう仕事が出来ることが幸せだと思うし、やりがいもあるから、僕は神主になって良かったと思ってるよ」
すべて話し終えた僕は、なんだか一仕事終えたような、ほっとした気分になっていた。
「なんか重い話になっちゃってごめんね。
なんだか倫之くんって話しやすいから、ついつい全部話しちゃったよ。
倫之くん、そういうところも宮司と似てるね」
最初にこの神社を訪れた時に、宮司に悩みを洗いざらい全部話してしまったことを思い出しながらそう言うと、倫之くんはなぜだか苦笑していた。
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