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そして朝礼のとき、その男はやってきた。
「余は火星からやってきたピルガドヴァルグ・ヴォルグ・ガロマルメダだ。この星にいる余の妃に相応しい者を探すため、はるばるこのような薄汚い土地にやってきた。人の子よ、そう戸惑うでない。余は不敬を働かれたとて憤慨はせぬ」
うわぁ。
やべーのきちゃったぁ。
「えっ何あれ、キモいんだけど。中二病ってやつ?」
「でも顔かっこよくない?」
「マツゲやばい! つけましてるみたーい!」
俺が思ってることそのままが周囲から(主に女子)ひそひそと聞こえてくる。
よくある、俺ら男子に向けてくる女子の冷たい視線の意味はわからないが、これは分かる。俺でもわかる女心。なぜなら、俺も苅谷が似たようなことを言い始めた時そうなったからだ。
でもめっちゃイケメン! という妬まし……羨ましい声は何故だ。顔か、結局結婚しないなら男は顔が全てで中身は関係なしか。
いやでも自分の友人より大分やばいぞこいつと思いつつ、苅谷で免疫がついてしまったのか驚くどころかまじまじと見つめている自分に若干引いた。俺の価値観がいい方向に広がってる気がしない。
後ろの席の苅谷を見ると、いつにも増して眉間にしわが刻まれていて般若っぽい。しわの数やばいなと思いながら、とりあえず声をかけた。
「なー苅谷」
「来やがったなエセ紳士のヤリチン野郎が。俺の五十嵐に指一本でも触れてみろ、速攻でボコって焼却炉に突っ込んでやる」
「なにその警察沙汰。とりあえず人殺しはやめようぜ、っていうか俺お前のものになった覚えが微塵たりともない」
「俺しかこいつの口にちんこ突っ込んだことねえ。その時点で俺のって証拠だろ。まぁ蜂蜜とか母乳促進剤とかローターもバイブは使ったことねえけど、絶対にあの愛のねえカスに先越されてたまっかよ」
「このバカやろう……! 声がでけーって、声が! クラスでなんつー発言してんだ! 俺をいじめの標的にする気かお前は……!」
「あ?」
思わず苅谷の口元を隠すようにわしづかみ、必死の形相で苅谷を黙らせる。
つーか後半パソコンでよくあるAV動画みたいな単語が聞こえてきたんだが気のせいだと思っておく。俺らがいかがわしい話をしている間に自己紹介が終わったのか、苅谷第二号とは、俺が危惧していた「ドキッ! 転校生と目が合う、これって運命?」という展開も「あーっ、お前あのときの!」という初対面ではないっぽい場面もなく、普通に授業がはじまった。
* *
「(ちょうど貴方を見てたの。だって顔が好みなんですもの)えー先ほどみた映画の女優さんのように、こんな感じの例文を英語で作って後ろの人を誉めてみましょう」
英語の授業の合間に女子にまじってちらりと相手を盗み見る。やたらタッパのある体格でオールバックに艶やかな黒髪が雄々しい正統派イケメンという感じだ。
ますます自分の顔に自信がなくなる。ぼけーっと苅谷二号もとい転校生を見ていると、後ろからものすごい勢いで椅子を蹴られた。
「例文ね。はいはい。えーっと……(私はあなたのこと好きになれません。だっていつも私の体をいじめて精神面を気にしてくださらないんですもの。私が思うに、あなたは富士の樹海へ赴いてバンジージャンプをしたほうがいいかもしれませんわね)」
「それ遠回しに死ねって言ってんだろお前が行ってこいボケ(僕は彼に嫉妬しています。だって君は彼ばかり見つめているから。僕はこんなにも君の瞳が好きなのに)」
「英語でもさすがに授業中はきもいからやめろ。本気でキレるぞ」
「だったらアイツのこと見んじゃねえよ――つうか決めた。今決めた。いいか、今日から俺らは次に進む」
苅谷がぎらぎらとした目で俺を見る。居心地が悪いからやめてほしいのが本音だが、こういう目のときはそっとしておくのが一番だ。
「次ってなに」
「それはほら……あれだ」
どれだよ。苅谷の言葉を待ちながら消しゴムにシャーペンを刺して遊んでいると、ふいに白い塊が視界から消えた。
「五十嵐これだ、これ」
苅谷がニヒルな笑みを浮かべながら、黒い跡のある消しゴムを俺の額に押し付ける。
「いや、意味がわからん」
「ったくおまえはどうしようもねぇアホだな。そこがかわいいからまぁ許してやる」
「……苅谷頼む。教室では黙ってろ……」
声音を弱弱しくしながら、机の下にある苅谷の脛を思い切り蹴り飛ばすと、苅谷が「てめえ後で泣かす」と言ってきた。涙目で言われても説得力がありませんなぁ苅谷くん。
「つーかまじでやめろ。ストレスがマッハで胃に穴でも空いたらどーすんだ」
ちらりと周囲を見渡せば、クラスの連中は皆思い思いに会話に花を咲かせていたが、女子が二人ほどぎらついた目で俺たちを見ているのを目撃してしまった。やめろ。期待を込めた目でこっちを見ながらシャーペンを走らせないでください。
ネット情報だが、ああいった目の女子は男同士のいやんあはんなことが好きらしい。神様、苅谷とは自宅なら何でもしますんでどうか席を変えてください。かしこ。
「そん時は俺が看病してやるよ。つーか話がちげえ。次のステップっつーのは、俺がおまえの体に跡を残すってことだ」
「却下。誰が好き好んで殴られるんだ」
そんなハイリスクなバイオレンスさは求めてない。
せめて手をつなぐとかのレベルにしてもらえるとありがたい。特に俺の胃が。そう言うと、苅谷はにやにやした顔で俺の頭に消しゴムを乗せた。
「跡が残るのはボコるだけじゃねえんだが、まぁおまえみたいな童貞にゃ分からねえよなぁ。知りたいか?」
「いや別に」
「そうか知りたいか。仕方ねえなぁ、俺のプ――」
不穏な言葉が聞こえてくる前にもう一度脛 を蹴り上げてやると、俺の頭から消しゴムが落ちた。
苅谷にはすさまじい形相で睨まれたが知ったこっちゃない。俺に向かって教室でプリンセスと言おうとした脳内お花畑野郎を蹴ってはいけない法律は俺の中には存在しません。
「……てんめぇ同じところ蹴ってんじゃねえよ! 痛ぇだろ!」
「今のはお前が悪い」
「ったく、照れ隠しも対外にしとけよ。今日おまえん家に行ってさっそく実践すっからな」
「おい待て。俺がいつ照れた、いつ」
結局この日は火星からきた王子と話すことも目が合うこともなく気づけば放課後。普通に下校することとなった。
* *
晩飯にチャーハンと肉じゃがを作って食べ、風呂に入って歯を磨いて布団に直行。とかいういつもの流れで話が終わったら良かったんだが、そうは問屋が卸 さなかった。
「なあ、なんで俺の布団でいかがわしい色したもん持って待機してるわけ? なんなのお前。不法侵入で訴えるぞ」
「今日からさっそく乳首開発をしようと思う」
「はいそれ人権侵害です。拒否権を使います」
「心配すんな。これは万が一母乳が出るようになったときの小型搾乳機だって秘書の山田が言ってたからよ」
「真顔でさらっと恐ろしいことを言うなよ! しかも秘書とか嘘吐けこのやろう! お前んち俺の間取り一緒だろうが!」
怪しげな機械に手に持ち、真剣な眼差しで俺を見てくる苅谷に怒鳴りつけるも効果なし。いや、分かってはいたがここまで阿呆で本気だとは思っていなかった。
「大体、次のステップっつーなら、普通あれだよ、普通……普通はキスとか。そんなんじゃねーの」
……いや何を照れてるんだ俺は。気持ち悪いな。
乙女か? 少女漫画に感化された痛い系男子か?
一人で自分の言動に引いていると、ふいに柑橘系の爽やか香りが近づいてきた。
「え」
ちゅっ、というリップ音に、べろりと舐められた唇。
「これでいいか?」
そしてふっと目を細めて笑う馬鹿が、なぜかとてつもなく彫りの深いイケメンに見えてしまっている俺の目。
「なにを、な、何をしてんだお前は! 本当に……この、この、ばかやろう……!」
「顔まっ赤じゃねぇか。おいおいプリンセス、かわいい顔がさらにかわいくなってんぞ?」
「だからそのプリンセスってのをやめろっつってんだろ? なぁおいこら?」
「つーかこの部屋クソ暑いな。冬っつったら窓開けて寝んだろ普通」
「無視ですかそうですか。つーかそういや苅谷はそうだったな。もうそのまま凍死しちまえよ頼むから……」
「乳首開発より、今日は体液がミロチュラスの味になるとかいう薬を惑星の部下が代引きで送りつけて来やがったから、それ試してみっか」
「えっ、お前の惑星、通販とかやってんの? うわ最先端。っていうかミロチュラスって何だ。ココア的な何かか? それなら牛乳に溶かして飲むほうが確実にいいだろ」
「あ? 今回はてめぇが飲んで、てめぇの乳首から俺が飲むんだよ。その、将来的なことも考えて、おまえが辛くならねえようにっつーか、なあ?」
「はい、お出口こちらになります~。あ、窓は開けときますんでどうぞご自由に窓から飛び降りて下さいね~」
「てめえ待ちやがれ、おいこの、ここおまえの部屋だろうが。外から鍵かけてどうすんだ、おい、開けろ、おい!」
俺の名前は五十嵐若葉。
好きな食べものは弟の作るチャーハン。
好きな人は99パーセント夏木ちゃん。
「なあ? じゃねーよ。たった今、俺はお前のせいでこの寒い中リビングで寝ることになった。明日風邪を引いたとしたらお前のせいだ。いいな? コンビニで肉まんとあんまん、おでんとからあげさん買ってきて謝罪するまで俺は許さないからな」
「ただ五十嵐の母乳のみてえって言っただけだろうが!」
「それがキモいっつってんだよ死ね! そのまま凍死しろ!」
残りの1パーセント。ひょっとするとこの木星人かもしれない、とか数秒前までは思っていた。それはきっと、こいつの電波が移ってきてるからだと願わずにはいられない。
「っ、五十嵐! もし俺とのガキができて、ガキがてめえの乳首吸ったときに感じちまってムラムラきたら責任とれんのかよ、おい!」
「知るかボケ! 早く帰れ!」
いや、電波が移るとかそんなことないな。
あったら多分、即ゴートゥー精神ホスピタルだ。
END?
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