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「実はな、来週から敵対してる火星の王位継承を引き継いだヤリチンクソ野郎がこの学校に転校してくる」
「……は?」
「あいつの精液――エナジーは異常な。洗脳力が俺らの倍はありやがる。一回でもヤられちまえば男も女も関係なくあいつらに骨抜きだ。この世界で言ったら麻薬か覚醒剤みてえなもんだからな。ま、おまえは俺が定期的にエナジーを分けてやってっから対火星人用に細胞から作り替えられてるのもあるし、洗脳はされねぇだろうが……俺もプリンセスを――五十嵐をどこまで守ってやれるか分からねぇ。だから、来週から俺の傍を離れるなよ」
真剣な声で言い切った男にいろいろと言いたいことがある。
まず何で俺がヤリチン――生物学的に男であろう野郎に惚れる前提でしかもケツに突っ込まれること間違いなしみたいな感じで話が進んでいるのかを小一時間問いただしたいが、まぁそれは置いておこう。口に突っ込まれても尻だけは守れる自信はあるしな。根拠はないが、男は度胸。やるときはやれるもんだと信じてる。
いやいや、それよりも。
それよりもだよ苅谷くん。
「プリンス、ちょっと質問いいですか」
「おう。何だプリンセス」
苅谷の跳ねたような声が耳をくすぐる。
うわーこいつ真顔でプリンセスっていいやがった。
正直に言おう。鳥肌がはんぱじゃない。
これは冗談でプリンスと呼んだ俺が悪いな。かみさま、ごめんなさい。
「えーっと、細胞が作り替えられてるとかいうおぞましい単語が日本語で聞こえてきたんだけど聞き間違いかな?」
「聞き間違えじゃねえな」
「へえ。そうなんですネ。ちなみに細胞が変わるって具体的にどんな意味があるのか教えてくれたら嬉しいんだけど」
俺がそう言うと、抱きついていた苅谷の体が強ばった。
えっ、なにその感じ。
「…………」
心なしか鼓動もは早い。しかも無駄に長い沈黙。
嫌な予感しかしない。
「言え」
「言いたくねえ」
「言えって」
「言いたくねえって」
「言ったら今度お前の好きな牛乳プリン作ってやっから」
「俺はおまえの作るのならなんだって好きだ」
「そ、そうか」
クラスの女子がこの間「耳が孕む」とか言ってた声が俺の耳元をくすぐる。確かにいい声してんなーとは思ってるけど孕むってどういうことなの。想像妊娠女子怖い。
でも夏木ちゃんはかわいいから好きだ。そういうのは当たり障りのなさそうな女子に言え。
「……言っても、俺のこと嫌いにならねえって約束しろ」
「内容によるし、そもそも口にちんこがんがん突っ込んでくる以上の衝撃なんてないだろ。ま、とりあえず言ってみろって」
「俺さ、おまえの匂い好きって言ったよな」
「俺の匂いっていうかコンディショナーの匂いだろ」
「つうか、おまえの体臭」
「なにお前、俺の体臭とか嗅いでんの? つーか分かんの? 普通に気持ち悪いんだけど」
「うるせーな人の話は最後まで聞け」
苅谷がぎゅうっと俺を抱き締める腕に力を入れて、小さく、わかったと零す。
「俺みたいな地球外生命体にとっちゃ、おまえの体臭は雄雌関係なしに誘ってる匂いがすんだよ。なんつーか、早くあなたとセックスしてえから抱いてっつー感じ?」
「はあっ!? なんだそれ怖すぎんだろ! 毎朝超短時間で髪と体洗ってるだけの男子高校生がそんな匂い放つかよ!」
思わず苅谷の肩をぐっと押し、面と向かって叫んだ。よく見ると苅谷の無駄に整った顔が微妙に歪んでいる。ん? 歪んでるというか耐えてるというか――そこではたと気づいた。
お前、まさか……
「ってことはあれか? お前が俺の口にちんこ突っ込んでたのって、ただ単にお前が理性を失って俺をレイプしないためにやってたってことか!?」
「レイ……っ、誰がするかこのタコ! ちげーよ! ……でも、まぁそれもない、とは言い切れねえ……かも」
言いよった、こいつ言いよったぞ!
つーかなに、俺の尻が未だに無事なのは奇跡に近いのか? いや、そもそも地球外生命体とかこいつの妄想だし、やっぱりこいつの思考がまじで危なすぎるだけだよな。
でもそれにしても怖すぎるだろ。つーか――
「お前、俺のこと大好きなんだな」
笑いまじりに言ったあと、しまったと思った。
俺の何気ない一言で、苅谷の表情からすっと笑みが消える。
「あ、いや、ダチって意味でな?」
咄嗟につけ足すが苅谷の表情は変わらない。そのかわりに、苅谷の長くてごつい指に俺のささくれた指先をそっとつかまれ、ちゅ、という音が聞こえてきた。妹が買っていた海外の女性向けラブロマンスによくある、金持ちと庶民のワンシーンみたいだなと呑気なことを考えていると、
「俺はおまえが好きだ」
そんな苅谷の声が耳に入ってきた。
「おー、俺もお前のことが好――」
この流れを変えないと。
そう思って悪のりしようとしたのに、この男ときたら、
「この地球上の、どんないのちよりも俺はおまえが好きだ。好きで好きで、たまんねえんだよ。……おまえ以外いらねえ。家族とかダチとかそういうもん全部ひっくるめて、俺はおまえしかいらねえんだよ」
石像のような顔をくしゃりと歪ませ、ぽつりと言いやがったのだ。
「え、あっ、そう」
何だよその顔。訳が分からん。
「……」
「……」
そして黙るな。どっくんどっくん――耳元で何かの跳ねる音が鮮明に聞こえてくる。
「へ、へえ……」
っていうか、まじでなんだこれ。
俺の顔、長風呂したときみたいに火照ってる気がすんだけど。
なんだこれ。苅谷を直視できない。
口の中の水分がぶっとんで言葉も出てこない。つーか心臓がうるさい。いやまて落ち着け。多分これはあれだ、ときめきとかラブの波動とか、そんなものではなくただ単に男から告白された恐怖からの突発的発作みたいなものに違いない。
絶対にそうだ。間違いない。木星とか火星とかこの際どうでもいい。とにかくこの場から逃げ出したい。そんな感じで頭が真っ白になりかけた時、ちょうど長ったるいことで有名のチャイムのが救済の鐘のように響き渡った。
ナイス神さま。今度あなたのお願いなんでも聞けそうです。
「ほら、もう行こうぜ。次って確か小テストあったろ? いやー俺ぜんぜんやってなくて」
「若葉」
俺が話をそらすように捲し立てて苅屋から離れようと体を起こすが、それを読んでいたかのように苅谷が俺の体を引き寄せた。ちょっ、力強すぎんだろ。いやんこのままときめきメモリあっちゃう展開に! とか言ってる場合じゃない。
「愛してる」
「えっ、いや」
「ずっとおまえと一緒にいたい」
「離せって、おいこのバカ……っ」
「若葉の声も笑ってる顔も、俺のちんこ咥えてる時のえろい顔も、全部おれだけしか見れねえようにしたい」
「ちんこ咥えた顔なんてお前しか見せたことねーよ! つーかお前以外に咥える相手いねーし!」
少女漫画っぽい場面が台無しだよ!
いや……いやいやいや。ほら、別に期待してたとかそんなんじゃなくて、やっぱりこいつはアホとかタコとかちんこだとかそういう言葉を吐いていたほうが俺としては落ち着くっていうか。うん。そんな感じ。だからそろそろ顔から熱が引いてくれないかなと思ったり。
「もし咥えたことあんならそいつのタマ潰す」
「じゃあ人をだれかれ構わずちんこ咥えてるみたいな言い方すんな。俺はデリバリー風俗嬢じゃねーんだぞ」
「つうか話逸らしてんなよ。俺はプリンセスを愛してるわけだが、おまえはどうなんだ」
「いや俺、お前のこと好きって言っただろ」
「好きと愛してるじゃちげえだろ」
「俺からしてみれば一緒なの。ダチに言う好きも家族に言う好きも、俺のこと愛してるだの言ってくる頭のねじが外れた馬鹿に言う好きも全部一緒なの」
「ま、いいけどよ」
いいなら粘って俺に聞こうとするなよ! ほんっと心臓に悪いなこの野郎。俺が心筋梗塞になったらどうしてくれる。と愚痴っているあいだに、苅谷は俺の体をひょいと抱きかかえ地面に立たせた。
「いいか。来週転校してくる火星人にだけは絶対に接触するなよ」
「転校してくるっつっても同じ学年かクラスかも分かねーのにそうそう会うわけないだろ」
軽く伸びをしながら苅谷と教室へ向かってそんな会話をしたのが、三日前のこと。
そういえばこの時、なんとなく苅谷からはぐらかされて細胞の変化がなんなのか聞きそびれたっけな。
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