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ショコラな本能-13

それはヒートともラットとも言い難く。 単なる原始的で本能的な衝動だった。 「ん……っ……っ……」 鼓膜に流れ込んでくるのは甘く上擦る声。 口内で起こる刺激に忠実に小さく鳴る喉。 小刻みに震える瞼。 爪まで立てて縋りついてくる両手。 (禁忌の味がする) 身を屈め、細い腰を抱き寄せ、式に口づけていた隹はそう思った。 かつてないほど美味だと感じられる唇にのめり込む。 純潔だった舌を吸い、付け根ごと絡ませ合い、微熱を共有した。 「ふ」 隹は薄目がちに式を見つめていた。 息苦しそうに眉根を寄せ、瑞々しい頬を紅潮させた、初めてのキスにどうしようもなくなっているコクーンをずっと見守っていた。 (……なんだろうな、ただただ愛しい……) ひた向きな眼差しの先で。 震えていた瞼がぎこちなく開かれていく。 「ッ……」 見られていたことに気づいた式は切れ長な目を見張らせ、しかし自ら顔を離すこともできずに、非難めいた捩れた視線を投げつけてきた。 「っ……ぷは……」 隹の方から離れてやれば、顔を伏せ、上目遣いに恨みがましそうに見つめてくる。 「……なんで、こんなこと……」 「嫌だったか」 式は答えなかった。 視線を逸らし、上下とも濡れそぼった唇を拭おうとしたので、隹はその手首を掴んだ。 「まだ、する」 「ッ……隹先生、ラットなんですか……おれは……ヒートは来ないはずなのに……」 整った耳殻まで仄赤く染め上げて静かに混乱している生徒は担任に問いかける。 「どうしてこんなに熱いんですか……?」 狭く暗い世界で息を潜めていた蛹がまるで羽化したような。 教室の片隅で物憂げに窓の外を見つめていた生徒の変貌ぶりに見惚れながら隹は言う。 「何でも第二の性に結び付けたがるな、式」 「……?……」 「俺は別に今すぐお前のうなじに噛みついて無理やり番にしたいとか思っていない」 「それじゃあ……ただの気紛れとか暇潰しですか……」 腕の中で目に見えてシュンとした式を隹は改めて抱きしめた。 「ただの恋だ」 純粋に恋といえども。 性欲に火が点るのは容易い。 隹は気を静めるためにマンションを一旦出、凍えた夜風にしばし身を曝した後にコンビニで買い物し、部屋へと戻った。 「式?」 最初、リビングに姿がなく首を傾げ、まさかと思い隣接する寝室を覗いてみれば。 式はベッドに横になって隹のことを待っていた。 クローゼットからありったけの服を引っ張り出し、こんもり盛って、その中で丸まっていた。 (オメガの発情期に見られる行為じゃないのか、これは) 巣作りベッドで温もっていた式は「勝手なことしてごめんなさい……」と、呆気にとられている隹に決まり悪そうに詫びた。 (そうだな、コクーンはまだ未知なる領域だとか) コクーン・オメガである式独自の特徴なのかもしれない。 カテゴリー分けして一括りにはできない、式ならではの個性……。 「一人で先生のこと待ってたら、何だか、体が勝手に動いて……」 (これじゃあ、せっかく外で冷ましてきた熱がぶり返しそうだ) 隹はベッドに浅く腰掛けた。 レジ袋から取り出したソレに、巣作りして一段落つき、すっかり落ち着いてしまっていた式は目を丸くさせる。 「チョコレートですか……?」 頷いた隹はリボンを解き、包装紙を開くと、パカリと蓋を開いた。 一粒のトリュフを取り出すと式の唇へ。 「今日はバレンタインデーだからな」 ハイブランドの服に埋もれた式はお行儀悪く寝転がったまま素直に餌付けされた。 隹はもぐもぐ口を動かすコクーンを微笑ましそうに見つめる。 あんまりにも見つめてくるものだから、ゴクリと飲み込んだ後、いずれ繭の揺り籠に新しい息吹を宿すであろう生徒は呟いた。 「隹先生の目の中で溺れそうです」 (それはこっちの台詞だ) わざわざ手まで噛んで抑え込む必要もなかった甘い味のする本能に平伏した隹は、うとうとしている式の額にキスをした。 「でも。いつか二人で番に」 「おれと隹先生が……? 番に……?」 「ああ。俺をお前のαにしてくれ」 「隹先生がおれのものになるの……?」 「そうだよ、式」 今は無傷のうなじに誓いを立て、隹は、この世界で唯一の教え子に生涯を捧げることにした。 end

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