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ショコラな本能-12
『担任になる隹と言います、どうぞよろしくお願いします』
αの教師だというから。
春休み中、母親と共に学校へ挨拶しにいったときから式は身構えていた。
前の担任のことが脳裏を過ぎり、自己嫌悪や罪悪感に苛まれて、今後は距離をおこうと決めていた。
それなのに。
『大丈夫か?』
その目の青さに胸を掻き乱された。
心臓がバラバラになってしまいそうだった。
視線すら合わせないよう徹底して壁をつくったつもりだった。
だけど距離をおけばおくほど意識は彼に傾いた。
視界から締め出しても、いつだって自分の世界の真ん中にいた。
「怖いのなら早く出ていけばいい」
式は忙しげに瞬きした。
切れ長な目に満ちていた涙が滑らかな頬へと溢れていく。
「今すぐ帰れ、式」
視線を合わせずに背中を向けたまま、くぐもった声で指示してきた隹の後頭部を見上げた。
(……怖いのに、また、何回も見つめたくなる……)
指先は冷えているのに皮膚の内側は熱く。
式は一つの懸念を抱いた。
(これって発情期 なんだろうか)
でもコクーン・オメガに発情期はなかったはずだ。
だからβを装うことができる。
本当の自分を偽って……。
「こんな世界、汚くて、嫌いだった」
担任の指示に従わずに式は話し続ける。
秘密を抱え込んで、徒労感や罪悪感に押し潰されそうになって、途方に暮れて居場所に迷っていたコクーン。
青水晶色の目をした担任に何もかも打ち明けたくなった。
「でも本当は違う。汚いのはおれ自身で。おれは自分が嫌いなんです。教室のみんなにずっと嘘をつき続けて、お父さんとお母さんの負担でしかなくて……どうしてコクーンなんかに生まれてきたんだろう……家族と同じβがよかった……番のいるせんせいを歪めてしまって……おれなんか生まれてこなきゃよかった……」
「汚くなんかない」
独りでに溢れてくる涙を止める術もわからずに、しとどに頬を濡らした式は、振り返った隹に目を見開かせた。
「隹先生……」
視線が繋がると甘やかな戦慄に全身を犯された。
「お前、やっぱり迷子になっていたんだな」
冷たくなった頬を両手で包み込まれ、涙を拭われると、掌の些細な温もりに頭の芯が溶け落ちそうになった。
ふわりと鼻先を掠めた血の匂い。
自身の血液を毎月採取している式は造作なく嗅ぎ取り、おもむろに眉根を寄せた。
(……先生、手を怪我してる……?)
「隹先生、血が……」
「平気だ」
いつの間に片手に傷を負っていた担任を気にしつつ、彷徨っていた末に辿り着いた場所で新たに呼吸を始めたコクーンは。
今までで一番近くにある青水晶の目に恐る恐る釘づけになった。
「先生の目、怖いくらい、きれいです」
式はそう言って笑った。
転校してきて初めて見せた、くすぐったそうな、心からの笑顔だった。
否 。
コクーンであることを隠して第二の性を偽るようになり、この世界に深々と根付く階級に否応なしに気づかされてから、ようやく浮かべることができた安堵の表情だった。
「……」
その青水晶に釘づけになる余り。
隔たりが無に帰して、互いの唇が視線と同じく交わったことに、式は気づくのが遅れた……。
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