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ショコラな本能-11

隹は「お前のせいじゃない」とも「誰も悪くない」とも言えずに、ただ、涙ながらに懺悔を続ける式を黙って見ていた。 「あのとき、逃げなかったら……拒絶しなかったら……せんせいに応えていたら……きっと、せんせいは階段から落ちなかった。後遺症にも悩まされないで、教師の仕事を続けていられた。せんせいは先生のままでいられた」 (今、式は誰の話をしている?) 隹は式に背中を向けた。 片手で口元を覆うと密かに歯軋りし、重たげに深呼吸した。 不意に加速を始めた鼓動。 瞬く間に体を支配した暴力的な熱。 獣性の鋭さに漲った眼。 (まさか発情期(ラット)か……?) α特有の発情期が我が身に訪れたのかと隹は内心危ぶんだ。 勤務先の学園は定期健診において貴重な人材であるα性教員に高額となる抑制剤接種を全額負担で実施していた。 そのおかげで教職に就いてから一度も発情期を引き起こしたことはない。 それなのに。 (無性に、今、猛烈に) 式を犯したい。 力づくで抉じ開けて奥の奥まで自分のものにしたい。 「おれなんかに出会わなきゃ……おかしくならずに済んだ……」 (……禍々しい欲に駆られている俺のことを言ってるのか……) 隹は振り返らずに窓の方を向いたまま「今日のところは家に帰れ」と大きな声ではっきり生徒に告げた。 非情なものだと自嘲した。 だが、今、この場における最善策であった。 (式の身を守るためだ) 「送る必要はないな、エレベーターで昇ればいいだけだ。話は明日学校で改めて聞かせてもらう」 項垂れた隹は式に気づかれないよう自分の手を噛んだ。 今にも暴走しそうな凶暴な欲望を少しでも紛らわせるために。 「……早く帰ってお母さんを安心させてやれ」 (早く逃げてくれ) しかし、隹の願いも空しく、部屋から出て行くどころか。 立ち上がった式は担任の背中へ歩み寄ると、マンションの下で顔を合わせたときと同じように、ダークカラーのワイシャツをそっと掴んだ。 「おれ、隹先生のことがずっと怖いんです」

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