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ショコラな本能-10
「ええ、ご心配なく、責任もってご自宅へ送り届けますので……はい? ……いえ、それは大丈夫です。問題ありません。立場上、耐性はついています……いいえ、気にされないでください。不安になるのは無理もないでしょうから」
コクーンの我が子がαである教師の自宅にいると知って動揺し、心配していた式の母親。
通話を終えた隹は顔から携帯を離した。
(さすがに罪悪感を覚える)
同じマンションに住んでいることは伏せておいた。
もちろん面倒事を回避するためではない、生徒のことを考えての選択だった。
(共有スペースでバッタリ会ったら……その時はその時だな)
式は家に帰らずにわざわざ外で俺を待っていた。
家族には知られたくない何かを抱えているんだろう。
2LDKの部屋に住む隹は、冷え込む玄関前の廊下からリビングへ移動した。
必要最低限の家具が配された室内。
ダイニングの天井から吊り下げられた橙色のペンダントライトが淡く灯っている。
リラックスできるかと音量を小さくして点けているテレビはニュース番組を流していた。
「何か飲むか」
クリーム色のゆったりした三人掛けソファに浅く腰かけた式は首を左右に振った。
隹が渡したバスタオルを細い肩にかけ、ぼんやりと虚空を眺めていた生徒は、斜向かいに立った隹を見上げる。
「マンション内で出くわすこともなかったのに。まさか部屋に招くことになるなんてな」
「……どうして眼鏡をかけていないんですか?」
当たり障りのない話をすれば予想外の質問を喰らい、暖房が効き始めた部屋でワイシャツを腕捲りした隹は「あれは伊達だからな」と答えた。
「紫外線対策のためにかけてる。色素が薄くて目が日焼けしやすいんだ。だから夜になれば外す」
答えを聞いた式は相槌も打たずに俯いた。
「あの日、せんせいに告白されました」
前置きも疎かに本題に突入した生徒に青水晶色の眼は大きく波打った。
「せんせいは結婚していて、こどももいました。Ω性の男の人がせんせいのパートナーでした。それなのに、おれのこと、愛してるって」
外から聞こえてくる単調な雨音とテレビの音声にか細い声音が溶けていく。
「放課後に面談室に呼び出されて言われたんです。転校して離れ離れになるなんて耐えられないって。転校してからも会いたいって……びっくりしました」
膝上に置かれた式の手に一雫 の涙が落ちた。
「何も言えなかった。答えなんか出てこなかった。向かい側に座っていたせんせいが、いつもと同じ笑顔のまま、こっちへ来ようとしたから……廊下へ飛び出して……そのまま帰りました。今日みたいに雨が降っていて……ずぶ濡れで帰ったからお母さんにすごく心配された……」
ーーその日にせんせいは階段から落ちましたーー
「おれのせいです」
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