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第12話
「こんばんわ」
いつものように、ジムでの練習後、スポーツバッグを抱えてザイオンを訪れる。樫の扉を押せば、聞き覚えのあるかろやかなフュージョンが中から聴こえてきた。
「いらっしゃいませ。こんばんわ」
店内は早い時間のせいか客はなく、カウンター内にはアキラひとりだった。
定位置となったカウンターの一番奥に座ると、アキラに「いつものでいいですか」ときかれる。
「はい、いいです」
と答えると、すぐに冷えたハイネケンが出てきた。
「上城さんは会合ですか」
冷たいビールを一口飲んで、店を見渡す。恋人の姿はどこにもない。
「そうですね、すぐ戻ってくると思いますよ」
「忙しそうですね」
「ええ、まあ、色々とあったりして……」
アキラが空になった瓶を、シンク下におきながら言った。
かがんだその後ろにはボトルの並んだ棚がある。何気なくそちらに目をやって、飾られている物にビックリした。
「え?」
瞬きして、それが何か確かめる。棚にあったのは、陽向の岩石ケーキの写真だった。ボトルと一緒にちゃんと写真たてに入れられて並んでいる。
「ちょ、ちょ、ちょっと、あ、の、あれなんすか」
指をさすと、アキラが振り返って「あー」と言った。
「小池さんがバレンタインに作ったケーキですよね」
「なんで飾ってるんですか……」
あんな不細工なケーキを。しかも写真たてに入れて。
「上城さん、『お前にはやらんが、写真だけは見せてやる』とか言って自慢してきましたよ」
「まじですか」
記念になるとは言ってたけど。まさか、こんな形で残されるとは。
「顔にはださないけど、めっちゃ嬉しかったみたいです。あと――」
と言って、カウンターから身を乗りだしてくる。
「この写真は、魔よけみたいな効果もあるんですよ」
「魔よけ?」
アキラが神妙な顔でうなずく。
「なんですかそれ」
確かに不気味な見た目だが、そんな効果を仕込んだ覚えはなかった。
「バレンタインの日、上城さん、チョコレート沢山もらってきたでしょ?」
「ええ、はい」
あの夜の大量のチョコは結局、陽向はどれも食べる気になれず、上城は例年通りアキラにすべて渡したはずだった。
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