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もっとトイレが好きになるプレイ ~2/4~

貸会議室の利用率自体そう高くないのか、トイレはしんとしていて、しばらく人が出入りした気配がないようだった。床は硬質な黒タイル張りで、靴音が大きく響く。小便器は五つで、それと向かい合って三つ並んだ個室は全て、かなり余裕をもった広さで設置されているようだ。いかにもオフィス然としたシンプルな内装は、否応なしに自分の職場のトイレを思い出させた。 工藤がトイレの入り口付近で立ち止まり、雛木の背に手を添えて“さあ”と言わんばかりに無言で促す。 今は人の気配がないとはいえ、声を出すリスクは明らかだ。思い切り声を出してよがる習慣が骨の髄まで染みこんでしまった雛木は、自分に無言を言い聞かせるようにきゅっと唇を結び、一人で真ん中の個室に入った。 タンクレスで蓋のないタイプのすっきりとした清潔感のある便器と、トイレットペーパーホルダー、そして便器の後ろに作り付けの小さな棚と荷物を吊るす複数のフックがついた壁があるだけのシンプルな個室だ。掃除は行き届いているが、人の出入りが少ないせいか、少し肌寒い。およそ色気とは程遠い場所だが、工藤はこの場所にどんな魔法をかけてくれるのだろうか。 愛用の通勤鞄を便器の後ろの壁のフックの一つにかけ、高まる期待に急いで服を脱ごうとしたが、しんとした空間では衣擦れの音さえ意外と大きく響いた。 喜んでいそいそと服を脱いでいるのだと工藤に聞かれるのはさすがに恥ずかしい。もちろん工藤は雛木の体が禁欲に焦れて熟れ切り、責めを渇望していることを誰よりもよくわかっているだろうが、それでもせめて最初くらいは慎ましい態度を見せたいのは羞恥心か恋心か。 雛木はできるだけ音を立てないようにゆっくりとジャケットを脱ぎ、丁寧に畳んで便器の後ろの棚に置いた。 次いでワイシャツ、インナーシャツと脱いで、畳んで上着の下に重ねる。すぐにでもドアを開けてはしたないおねだりをしてしまいそうだったので、冷たい空気に触れて固く凝った熟れ切った乳首は見ないふりをした。 右足の靴を脱いで、スラックスを足から抜き取る。新品の黒い靴下のぴんとした生地が、どれだけこの時を待ちわびていたかを思い知らせるようでやたらと目に痛い。左足も抜いて靴を履き直すと、ベルトをつけたままのスラックスも丁寧に畳み、重ねた服の一番下に入れた。 綺麗に畳まれ積み重ねられたスーツ一式は、セックスに向けた勢いを物語る脱ぎ散らかされた衣服とは異なり、これから”プレイ”を始めるのだという事実を突きつける。 そう、これからこのトイレの個室で、工藤にSMプレイをしてもらうのだ。 セックスではなく、被虐心を満たしてもらうための、ただただいやらしいプレイだ。個室の中だから裸になっても誰に見られる心配もないのに、そう意識すると酷くいけないことをしている気分になってくる。 これからきっと工藤がメールに書いていた『もっとトイレが好きになるプレイ』が始まるのだと思うと、小さな下着ではもう抑えきれなくなり、勃ち上がったペニスの先端が浅穿きのウエストのゴムからはみ出してしまった。大きく腫れ上がった乳首もビンビンに勃ち上がり、その肉芽の赤さと便器の輝かしい白さとのコントラストが卑猥だった。 トイレという日常的で不浄な場所にも関わらず、プレイへのはち切れそうな期待で性的に興奮してしまっている何よりの証拠であるこの姿を、これから工藤に見せるのだ。 震える息を一つ吐き、極々小さい音で内側から扉を軽くノックする。すると、外側から同じように軽くノックの音が聞こえたので、雛木は工藤に命じられていた通り、内側から鍵を外して個室のドアを開けた。 工藤がじれったいほどゆっくりと個室に入ってくる間、靴下と靴と卑猥な下着だけを身に着けた雛木の体は外に晒されている。誰もいないとわかってはいるが、今にも誰かが入ってくるのではないかと思うと、不安と緊張に肌が粟立った。 たった数秒のことだったが、両手をぐっと握りしめて、やたらと長く感じる時間に耐える。工藤は静かに個室の扉を閉じて鍵をかけると、目を細めて雛木の全身を眺めた。 「今日はまた、とても素敵な下着ですね。面積の小ささも、光沢のある布地も、ジッパーを開ける作りも、触って欲しがりなあなたによく似合っています。黒地にゴールドのジッパーという色味も、わかりやすくセクシーで私は好きですよ。私に見せるためにこんなあからさまな下着を買って、仕事中も身に付けていたのだと思うと、今すぐこの下着の上から鞭打って鳴かせたくなります。 ……でも、そんな風にペニスをはみ出させていては、ジッパーを開く楽しみが半減してしまうでしょう?」 工藤のごくごく声を潜めた吐息混じりの叱責に、びくりと体を震わせる。プレイを開始した工藤の饒舌さが、雛木の官能を打ち据えた。 立ち尽くしたまま工藤の視線に発情し切った体を晒し、羞恥に耐える。しかし、下着のウエストのゴムから顔を出したペニスは雄弁で、先端の窪みに透明な蜜がわずかに溜まり始めてしまう。言葉を惜しまず褒められた後にはしたなさを叱られ、雛木は惑う心のまま小声でごめんなさいと返した。 しかし、その声に謝罪の誠意がこもっていないのは自分でもわかってしまった。工藤の口からペニスという単語が出ると、いつも雛木はふにゃふにゃと(くずお)れてしまいそうなほど欲情してしまうのだ。 「乳首もそんなに真っ赤に腫らして。また大きくなったのではありませんか?確かにどれほど熟れた乳首になっているか楽しみだとメールに書きはしましたが、そんなになるほど弄るなんて。あなたは本当に、乳首を乱暴に虐められるのが好きなんですね」 本当のことだが、改めて口にされると恥ずかしくて、言葉もなく俯いた。しかしこんな風に自分の体のいやらしさをひとつひとつ工藤に確かめてもらうのは、恥ずかしさだけでなく嬉しさと一種の誇らしさもあった。 「乳首を虐められるのが好きなんでしょう?それとも、私の趣味に付き合ってくれているだけですか?」 そんなはずはないと知っているのに、工藤はこうして雛木に恥ずかしい言葉を言わせるよう仕向ける。男のくせに乳首を責め苛まれてよがる自分を自覚させられる、そのプレイ“らしさ”にまたたまらなく興奮してしまうのだ。 「好きです……。俺は……工藤さんに乳首を虐めてもらうのが……大好きです」 しんとしたトイレの空気の中に、小声で自分の発した言葉がくっきりと浮かび上がる。 認めるのにはずいぶん勇気がいるけれど、実際のところ俺は、乳首を虐めてもらうのが好きだ。 それは工藤に教えてもらった恥ずかしい快感だった。工藤に出会う前とは比べ物にならないくらい肥大したいやらしい場所を、虐めてもらうのが好きじゃないはずがない。痛みですら気持ちよくて仕方がないのだ。改めて口にすると、なんていやらしくて恥ずかしい事実なのだろうか。 「よろしい。では、沢山虐めて差し上げないといけませんね。せっかくここまで真っ赤に腫らしているのですから、更に痛めつけて目を覆うほど卑猥な姿にしてみますか?流血する寸前まで押し潰すのもいいですが、思い切り引っ張って元に戻らないくらい変形させてしまうのも、きっとあなた好みですよ。服で隠し切れない程大きくて長い乳首になれば、街ですれ違う人にさえあなたが変態だとわかってもらえます。想像してごらんなさい」 小声の優しい口調で示された責めは恐ろしく、魅力的だった。いたぶられる予感に乳首がずくずくと疼く。できれば流血する寸前まで押し潰すのも試してほしいと思いながら、雛木はうっとりと自分好みだと言われた責めを強請(ねだ)った。 「思い切り引っ張ってほしいです。乳首をもっといやらしい形に変えて、元に戻らないようにしてほしいです」 工藤は満足げに微笑み、手にしていた革のボストンバッグからフック状の道具を取り出した。 雛木にとって、それは見慣れた道具だ。壁や梁に引っ掛け、螺子(ねじ)で調節して支点を作ることで、吊りを可能にする。工藤がそれを取り出したということはつまり、縛ってもらえるということに他ならなかった。 雛木たちが入っている個室は、個室同士を隔てる壁の上部にわずかな空間があり、隣と繋がっている。工藤は迷わず左右のその隙間にフックをかけ、安定するように螺子(ねじ)を締めた。 そして雛木の期待通り、続いてボストンバックから取り出されたのは麻縄だった。 まさかこんなところで縛って貰えるなんてと、欲情と緊張が入り混じった震えが雛木の全身を駆け抜ける。 工藤は麻縄を頭上の左右のフックに渡し、何重にも捩じり合わせて一本のぴんと張った太いロープ状にすると、一旦縛って固定した。フックに直接吊るのではなく、麻縄で作った頑丈な橋に吊る形になるようだ。麻縄の橋は、ちょうど便器の真上にかけられていた。 「手を」 手短に命じられ、心臓がぎゅっと締め付けられる。 縛られるために自ら進んで動くのは、いつまで経っても慣れなかった。無理矢理縛り上げられるならどんなに楽だろう。けれど、工藤はいつもこうして、雛木が自分の意志で縛られるのだということをまざまざと思い知らせるのだ。 おずおずと両腕を揃えて持ち上げると、工藤は軽く頷いた。自分の両手首が交差した状態で何度も麻縄で巻かれ、ぐっと縛って固定されるのを、雛木は微動だにせずに見つめた。しかし、手首に食い込む縄の感触だけで、ペニスの先端の窪みに溜まった透明の蜜が溢れそうになってしまう。 「便器を跨いで立ちなさい」 振り返ればすぐそこにある白い便器が、今更ながらに存在感を放っていた。人前で便座に腰かけるのも恥ずかしいが、便器という排泄に直結した造作を跨ぐというのは、また異なる羞恥があった。しかも、乳首は触って欲しそうに勃起し続け、ペニスの先端は常に下着からはみ出しているのだ。 手首を戒められたことで少しバランスがとりづらい体をのろのろと動かし、工藤と向かい合わせになって便器を跨ぐ。温水式便座ではあるが、便座の下の陶器の部分からひんやりとした冷気が脹脛(ふくらはぎ)へと伝わった。 工藤は雛木の両手首を拘束した麻縄の端を頭上の縄橋へかけ、無言でゆっくりと引いた。ゆるゆると雛木の両腕が頭上に持ち上がっていく。 麻縄によって自分の体が自分の意志に関係なく動かされるのは、工藤と出会ってから知った、最高に被虐心を煽る感覚だ。自分の体をどうにもできない諦めは、相手に全てを委ねる安心感に変化し、雛木を酷く素直にさせた。 両腕が頭上高く持ち上がっても止まらず、工藤が更に縄を引き続けたので、雛木はされるがままに便器を跨いだ状態で爪先立ちになった。全体重がかかっているわけではないが、それなりに重いはずの縄を、工藤は顔色一つ変えずに引いている。 その縄をわずかに緩めたりぴんと張ったりして微調整し、あるところで工藤がじっと目を合せるので、雛木はこくりと頷いた。工藤は無言のまま、その高さで縄を固定する。 工藤に教わったことだが、安全にプレイするには縛られる側にも多少の経験と協力が必要なのだ。どんなに経験豊富な調教師でも、一人一人異なる関節の丈夫さを見た目だけで確実に判断することはできない。痛みを感じる程度も人それぞれなので、あくまでもプレイの範囲で楽しむためには、縛られる側も自分の肉体が許容できる範囲を知り、相手に伝える必要があると、出会った当初に真剣に工藤は語った。だから今回も、これが両足の爪先と手首の縄とで体重を支えられるギリギリの高さだと、雛木は工藤に頷いたのだ。 どんなに乱れた行為の最中でも、工藤はプレイであることを忘れず、安全に配慮してくれる。それを信じられるから、工藤は雛木にとっていつでも安心して体を任せられるマスターなのだった。 便器を跨いで爪先立ち続けるのは、両手首を頭上に吊られていても、足にかなりの負担がかかる。その苦しさと、はしたない状態の体を晒している羞恥心が相まって、雛木の口からは既にはぁはぁと吐息が漏れ始めていた。 声を漏らさないように何かを咥えさせてくれたらまだ楽なのに、そうしてもらえないのはそのまま耐えろということなのだろう。このまま乳首を思い切り引っ張られるというのなら、声を我慢できる気がしなかった。 そんな雛木の心配を読んだのか、工藤がぐっと雛木の顎を掴んだ。 「私からの問いに答える以外で声を出したら、このままここに放置します」 その冷たい声音には、できる自信がなくても無言で頷くしかない。 雛木は固く勃ち上がった乳首を突き出し、工藤が触れてくれるのを無言でただ待った。 その従順な様子は工藤のお気に召したようで、顎をきつく掴んでいた手を離し、その指先で胸の間から腹まですっとひと撫でしてくれた。 そんなわずかな刺激でもたまらず、びくりと体が揺れ、はみ出したペニスからはとろとろと透明な滴が零れる。早く触れて欲しくて仕方がなかった。 「乳首を引っ張っていやらしい形にしてほしいんでしたね?」 一度も触れてもらえていない乳首はずくずくと疼き、強い刺激を求めている。どんなに痛くてもいいから酷く苛め抜いてほしくて、雛木は半ば涙目になりながらこくこくと頷いた。しかし、あくまで真面目なプレイメイトは、冷静な口調で今一度意思を確認してくれる。 「とはいえ、一度変形してしまった乳首は手術なしでは元に戻りませんから、よく考えなさい。本格的に綺麗に引き伸ばすには時間をかける必要がありますが、一度のプレイでもある程度は変形します。やめるなら今の内です。けれど、それでもしてほしいと言うなら、あなたの体を後戻りできないくらいもっといやらしく変えて差し上げましょう」 冷徹に事実を突きつけながらも、工藤のその視線は、彼に似合わないどこか請うような色彩を孕んでいた。 支配者が、奴隷にイエスと言って欲しがっているような気がする。 根拠のない思いつきに腰が震えた。 元より、普通の体になんて戻れなくていい。工藤が手ずからそうしてくれるというのなら、日常生活に影響が出てしまうくらい、いやらしい体になって構わない。工藤とのプレイを、この体に刻み込んでほしい。 そんなマスターへの忠誠心にも似た想いが込み上げる一方で、長くなった乳首が誤魔化しきれないほど常に服を押し上げて、自分は変態なのだと他人に見せつけながら過ごす日々を想像すると、震えるほどの恐怖と陶酔があった。 雛木は全てを明け渡してしまいたい気持ちになり、興奮に途切れる小声で乞うた。 「乳首、伸ばして、ください。工藤さんの手で、変えて、ほしいです」 工藤の眉根が寄せられ、その瞳の中に明らかな欲望の揺らめきが見えた。 やはりそうだ。彼自身が、俺の体を更にいやらしく作り変えたいのだ。 その確信が、雛木の官能に更なる火をつけた。 「乳首、虐めてほしいです。俺が変態だってばれてしまうような…乳首にして、くだ…さい……」 工藤はいやらしい服従の願いを口にした雛木の唇を、驚くほど優しく指先でなぞった。まるで愛おしむようなその指先の熱を、無意識に舌を伸ばして味わおうとしてしまう。 普段であればそんな勝手をすれば即座に鞭で打ち据えられるところだったが、工藤は雛木の舌が指先に触れるのを許した。 「私の奴隷に相応しい、可愛らしいおねだりができましたね。では、……覚悟しなさい」 ≪続≫

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