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同僚の秘密~1/3~

「お前っていっつも個室に入ってない?」 少人数用の狭いミーティングルームに入ってきて隣に腰かけた雛木に、馬越(まごし)は以前から気になっていた疑問を口にした。 社内のトイレというのは、仕事の切れ目や催すタイミングが似ていると、同じ相手とよく出会うものだ。馬越は雛木とよくトイレのタイミングが合い、同期の気安さで軽く世間話するということが多かった。しかしよくよく思い返してみると、ちょっとした会話の後、雛木は毎回個室に入っているような気がする。 別にどうしてもその理由を知りたいというわけではない。が、部署が違うこともあって仕事中はほとんど交流がない雛木と二人きりの今、せっかくだからと軽い気持ちで尋ねてみたのだ。 「別に。単に個室が好きなんだ」 そっけなく答える雛木だったが、聞かれた瞬間に指先がぴくりと動いたのが見えてしまった。これは何かあるなと、好奇心がむくむくと頭をもたげてくる。 「個室が好きって変わってんなぁ。座ってないとションベンできない系?」 男はいくつになってもシモの話は大好物だ。エロい話はもちろんだが、うんこちんこの話も嬉々としてしてしまう。馬越はそこそこ女にもてる、成績優秀な営業マンではあるが、学生時代に染みついた体育会系のノリはずっと抜けない。他人と話す時にプライバシーだとか距離感だとか、そういうものを第一に意識するようなタイプとは対極だった。 「人前でするのが好きじゃないだけだって。ほら、さっさと店の候補出せよ」 持参したタブレットで飲み屋を検索し始めた雛木は、明らかにこの話題を切り上げたがっていた。 雛木は人当たりが悪いわけではなく、雑談はもちろん下ネタでさえ気安く応じるし、社内の飲み会にも顔を出してはいたが、どこか他人を踏み込ませたがらないところがある。今も、忘年会の幹事を共に命じられた馬越と二人、わざわざ会議室で店の候補を探しているのは、とりあえず下見のために何件か一緒に飲みに行こうという馬越の誘いを雛木が断ったからだった。 「立ちションは男の特権だろ。男同士のコミュニケーションにもなるし。大事だぜ、裸の付き合いならぬ立ちションの付き合い。あ、俺この店行ったことある。料理は結構うまいんだけど大人数で入れる席あったっけなぁ」 馬越が尚もトイレの話を続けつつ店の話を振ると、雛木は嫌そうに眉を寄せながらも、キャスター付きの椅子をコロコロと寄せて馬越の手元のタブレットを覗き込んだ。 「あぁ、その店は駄目だ。俺もランチで行ったけど小さい個室しかなかった。こっちはどう思う?女性受けがよさそうな内装で、飲み放題のドリンクも種類が豊富みたいだけど」 馬越とは全く異なるタイプの店のトップページを示しながら、トイレでのコミュニケーションの話をにべもなく無視してくる。馬越も別にどうしても雛木と立ちションがしたいわけではないが、こうも拒絶されると少し寂しいし、何より雛木の排泄事情に下世話な興味も湧いた。 「その店一品一品が少なそうじゃね?でもなんでそこまで人前でションベンするの嫌がるかなぁ。もしかして極度の包茎とか?だとしたら、非の打ちどころのないちんこしてる男の方が珍しいんだから、気にせず出せばいいのに」 店の話は辛うじて続けつつも、尚も食い下がる。すると、本格的に面倒になったのか雛木が一つ溜息をついた。機嫌を損ねたかと思ったが、さすがにその程度で怒るほど大人げなくはないらしい。雛木はにやりと人の悪そうな笑みを浮かべると、急にぐっと体を近づけてきた。 「そんなに俺のペニスが見たいの?」 耳元に吐息混じりの囁き。唐突に流し込まれた淫靡な響きに、意味を理解するより先に肌が粟立った。慌てて椅子ごと後ずさり、「やめろよ鳥肌立ったぞ」と渋面を作る。 男に体を密着されるのも耳元で囁かれるのも勘弁だ。けれど、普段自分が使うことのない「ペニス」という単語は妙に耳に残り、ずるずると耳の穴から背骨へ這っていくような感触があった。 「いい気味。ていうか本当は昔かかった性病でちんこがボロボロだから人に見られたくないだけ。誰にも言うなよ」 打って変わってあっけらかんとした口調で衝撃的な告白をされ、馬越は「マジか」と思わずスラックスに包まれた雛木の股間を凝視してしまう。 「誰にだって人に見られたくない物の一つや二つあるだろ。もういいから早く店決めるぞ。下見も含めて今週の木曜までに済ませたいし」 カラカラと軽い音をさせて椅子ごとまた身を離し、雛木は再びタブレットに視線を落とした。集中して店を検索しているような表情をしてはいるが、尚も雛木の股間を凝視する馬越の視線を感じたのか、遮るように足を組んだ。そしてその後、店の相談を続けている間中、雛木はもぞもぞと落ち着かなげに何度も足を組み替えていた。見られていることを意識してか淡く色づくその頬と、しきりに隠そうとするその股間から、馬越はなぜか目を離せないでいた。 飲みに行くのは休日前の金曜がいいと結構強めに希望したにも関わらず、それ以上の強さで金曜は絶対に無理だと雛木から断られてしまった。来週でもいいけどと言っても、来週も再来週も無理だと言って譲らない。彼女かと尋ねると、そんなんじゃないとはっきりと否定する。だが、とにかく金曜の夜は絶対に明けておきたいんだと頑強に言い張られたので、仕方が無く今週の木曜に飲みに行く約束となった。 雛木とのサシ飲みは初めてだ。普段ならあまり親しくない同性と二人きりで飲むのは少し億劫に思えるものだったが、酒が入れば雛木の秘密主義な牙城にも切り込めるかもしれないと思うとかなり楽しみだ。 何より、店の相談をした日以来、偶然雛木と顔を合わせる度に、 「なぁやっぱり一回ちんこ見せてよ。そんなに恥ずかしいちんこなの?」 と声を潜めれば、 「ばーか」 と返しつつも頬を赤く染めるのが面白くて仕方がないのだ。 顔は綺麗めな雛木だったが特別目立つわけではなく、これまで特に意識したことはなかったが、その意外なかわいさに嵌まってしまい、からかうのを辞められないでいた。 その一方で、耳元で囁かれた 「そんなに俺のペニスが見たいの?」 という吐息混じりの声を、あれから無意識に何度も反芻してしまってもいた。 同性に興味はないが、雛木の囁きには何か底知れない淫らさが潜んでいるように思えて仕方がない。馬越はここ数日で、すっかり雛木と、雛木の下半身への興味にとり付かれてしまっていた。 そんな数日を過ごし、好奇心がいい感じに発酵した状態で迎えた木曜日、馬越は雛木と現地集合を約束した店で先に飲み始めていた。向かいの空席を見つめながら、頬が緩むのを止められない。 酒を飲ませてもっと雛木から色々な話を聞き出そう。酔ったら一緒に立ちションしてくれないかな。と、楽しい妄想に酒も進む。 馬越は結構量を呑める方だが、酔いが回るのは早い。酔っぱらってから楽しく長く飲めるタイプだった。そのため、雛木がかなり遅れて店に着いた頃には、馬越はすっかり出来上がっており、まずは駆けつけ三杯だと、かなり強引に飲ませた。 「学生じゃないんだから」と文句を言いつつも、雛木も馬越を待たせた負い目があるせいか、勧められるままに杯を重ねる。雛木はビールが好きなようで、細い体に似合わず、ジョッキを大きく傾け喉を鳴らして勢いよく飲み干していった。 「意外といい飲みっぷりだなぁ」 素直に感心する。社内の飲み会ではちびちびと飲んでいた印象だったから、自分と二人だと少しは気を許して好きに飲んでくれているのかと嬉しくもなった。 「昔はそうでもなかったんだけど、喉越しってやつを意識し出すとビールがほんと美味くてさ。炭酸とアルコールで喉を無理矢理抉られる感じって気持ちいいよなぁ。キリンになってもっと長く楽しみたいくらい」 と噛み締めるように言うので笑ってしまう。確かにビールは美味いし、のど越しを楽しむ飲み物だというのが一般的だが、気持ちいいかどうかを考えたことはなかった。雛木はやっぱり、結構面白い奴かもしれない。 楽しい酒はどんどん進む。最初こそあれこれ料理も注文して忘年会の向き不向きを考えていたが、合流から一時間も経った頃には、二人揃ってすっかり赤ら顔に仕上がってしまった。 「ちょっとトイレ」 雛木が席を立つのを「はいよ」と気軽に応じたが、トイレに向かう背中を見てはたと思い出した。 そうだ、個室の謎だ。 先ほどまで雛木の呂律はしっかりしていたが、よく見れば足取りは少々ふわふわとしている。これはチャンスかもしれないと、酔いも手伝った悪戯心で馬越もこっそり後を追った。 酔っていても逡巡するそぶりもなく個室に入ろうとする警戒心のない背中に、気配を殺して近づく。そしてタイミングを見計らい、自分の体ごと雛木をぐっと個室に押し込んだ。 驚いたように振り返るのを無視して、内側から鍵をかけてドアの前に立ちはだかる。 「お前、何考えて……」 驚きが怒りに変わっていく雛木の表情を前に、怒った顔もなかなか美人だなとアルコールで少々麻痺気味の脳が呟いた。 「ここなら他の奴には見えないだろ。一回でいいからちんこ見せてくれよ。性病にかかるとどんな風になるのか興味ある」 いくら嫌だと言っても、所詮は男同士なのだから別に見たっていいだろうという思いがあった。男の性病なんて勲章のようなものだし、包茎や短小だったとしても今はいい医者がいくらでもいるはずだ。別に弱みを握ってやろうなんて思っていない。ちょっとここ数日、気になっているだけなのだ。こっちは一度見れば気が済むのに、強情な雛木の方がむしろ空気が読めないんじゃないか。 後から考えると相当自分勝手ではあるが、この時馬越は自分の方に理があると信じて強気だった。自分より少し低い位置にある雛木のベルトに手をかけ、強引に外そうとする。それを、雛木は予想以上の力で本気で止めようとしていた。 「やめろ!馬鹿!嫌だって!」 人が聞けばまるで襲われているかと思うような悲痛で必死な声に、そこまで嫌がらなくていいだろうと鼻白むと同時に、少々サディスティックな楽しさも生まれてくる。 女は女であるだけで素晴らしく、何よりも大切にしなければいけないという母や姉からの薫陶を受けて育った馬越は、女性に対して暴力的になることは決してなかったが、その分弱々しい男には攻撃性が向かうきらいがあった。ベルトを必死で守ろうとしている雛木の様子は、小学生の頃、おとなしい同級生の男子のズボンとパンツを無理矢理下ろしてクラス中の笑いものにして泣かせた時のバツの悪さと妙な興奮を思い出させた。 「別に言いふらしたりしないし、減るもんじゃねぇだろ。見せろって」 多少の苛立ちを込めて雛木の両手首を掴み、胸元まで持ち上げる。雛木も決して非力というわけではなかったが、身長も体格も勝る馬越には敵うべくもなかった。 「待って、マジで無理。ほんと待って」 手首を戒められた途端、雛木の怒りは霧散し、哀願するような調子になる。その弱腰な様子は更に馬越の嗜虐心を煽った。 雛木の手首を戒めたまま無理矢理頭上に持ち上げ、片手に持ち替えて思い切り壁に押し付けると、磔になったようにだらりと体の力が抜けた。項垂れ震える雛木の様子は、いくら醜いとはいえ同性に性器を見られるのを嫌がっているにしては大袈裟に見えた。 「そんなに脅えんなよ。ちらっと見るだけだから」 最早見たいという欲求なのか、苛めたいという欲求なのかわからなくなりながら、ゆっくりと片手でベルトのバックルを外す。スラックスのボタンに手をかけ、いよいよというところで、雛木がキッと顔を上げた。 「マジで辞めてくれ。ほんとの事言うから。実は俺……女なんだ」 荒唐無稽な言い訳に唖然とする。いくら細身で綺麗めな顔立ちとはいえ、雛木は体格も声もどこからどう見ても男だ。いくら酔っているとはいっても、それが無理な言い訳ということくらいは判断できる。 「面白い冗談だな」 フンと鼻を鳴らし、相手にせずにスラックスのボタンに再度手をかける。雛木は腰をよじって逃れようとしながら、 「証拠を見せるから!」 と叫んだ。 まさかという思いに緩んだ馬越の手から、雛木が力づくで両手を抜き取り、バックルを外されたベルトを守るようにぎゅっと掻き合わせる。そしてそれ以上は後ろに下がれないというのに、逃れるように背中を壁に押し付け、馬越から距離を取ろうとした。 俯いた表情は見えないが、肩が小さく震えている。そんな脅えた様子のまま、雛木は細い指を自分のシャツのボタンにかけた。 一つずつゆっくりと外していくと、ワイシャツの間から色気のない白いインナーシャツが現れてくる。スラックスにしまっていたシャツの裾も引き出し、前を完全に開くと、中に着ているインナーシャツが、体にぴったりと張り付いたタンクトップだということがわかった。 だが、どうにもおかしい部分がある。胸の部分がまるでパッドでも入っているかのように分厚くなっているのだ。ブラジャーのような丸みを帯びたパッドではないが、明らかに胸を保護する意図で作られている。馬越は巨乳好みなのでよく知らないが、胸が膨らみ始めた小中学生や、貧乳の女が着るような下着だなと、どこか冷静に考える。 まさか、嘘だろう、と思いながらもそのまま様子を見守っていると、雛木はそのタンクトップもゆっくりとめくり上げ始めた。 少し暗い照明の下、薄い腹が露わになる。しっかり引き締まってはいるが、筋肉が浮くほどではない。ジム通いを欠かさない馬越とは全く異なる、白くて平らな腹だった。 そのまま更にめくり上げられ、胸の下辺りで動きが止まる。既に一抹の期待を抱いて鼻息荒く見つめていると、雛木は俯いていた顔を一度上げてこちらの表情を窺った。 そこにある興奮し始めた男の顔を見てどう思ったのか、覚悟を決めたように目をぎゅっと瞑って顔をそむけ、一気にタンクトップを首元までめくり上げた。 目の前に現れた光景に、馬越は目を見開き固まった。何の変哲もない細い男の体に、遊びすぎて熟れてしまった女のような大きくて長い乳首がついていたのだ。 男のものというには明らかに大きすぎる。女の乳首の本来の存在理由そのままに、早く吸い付いてくれと言わんばかりに肉厚な質感で長く突き出していた。緊張のためかツンと尖って震える様子は、あからさまに男を誘っている。はしばみ色の乳首はまめに手入れされているのか、見た目にもぷりぷりと潤っていた。乳輪も男にしては大きく、確かに胸だけ見れば、乳首の大きな男というより、極端に胸のない女だと言われた方が、よほど真実味があった。 「お前……それ……」 言葉を失い、思わずゴクリと唾を呑む。その音は個室の中で大きく響き、雛木がびくりと身を竦めた。 「俺、生まれた時は女だったんだけど、性別に違和感があって、今は体を男に変えていってる最中なんだよ。ホルモン注射打ってるから胸はほぼ無くなったけど、乳首はもともと大きかったせいかほとんど縮まなくてこんな感じで残ってて…」 消え入りそうな声で説明する雛木の言葉は、聞こえているのにうまく意味を捉えられない。 ニューハーフ?いや違うか。おなべ?いや今はエルジーなんとかとか言うんだっけ? 「下はもっと中途半端な状態だから勘弁してほしいんだけど……」 申し訳なさそうに、縋るように上目遣いで見上げてくる雛木を前に、頭がぐるぐる混乱して言葉が出てこない。 中途半端って何だ。どういう状態だ。そもそもあったちんこを無くすならともかく、無かったちんこを作るってどうやってやるんだ。 馬越がいくらフェミニスト気質とはいえ、冷静に考えれば乳首以外は明らかに男の特徴を備えているのだから、雛木は元から男である可能性が高いとわかったはずだ。その乳首にしたところで、遊んでいるゲイやSM系の風俗嬢が見れば、乳首責めされ過ぎたマゾヒストなのだと一発でばれる代物だった。 しかし、酔いと、自分の認識している男の乳首とあまりにも異なる見た目のインパクトに、馬越の頭の中から冷静な判断は吹っ飛んでしまった。 それもそのはずだ。雛木の乳首は工藤とのプレイと自慰によって肥大していた上、先日ついに自らお願いして力づくで引き伸ばして貰ったのだ。性器同様の性感帯になった雛木の乳首が、普通の男と同じ形であるはずがない。 自意識は見た目にも如実に現れる。雛木が四六時中快感を拾い続けるようになった乳首は、その実際の大きさのインパクトだけでは説明がつかない程、見る者に酷くいやらしい印象を与える肉芽となっていた。 その上、体を変えていっている途中だと言われたことで、違和感や不自然さは未完成なせいかと妙に納得してしまった部分もある。また、下は見せられないと秘密にされたことで、どうなっているのかと妄想する方が忙しくなってしまい、馬越の頭にはそれ以上の疑念が差し込む余地がなかったというのも実際のところだ。だからトイレは毎回個室に入っていたのかと、かねてからの疑問の答えが得られた納得感の方が勝ってしまったのだ。 馬越が無意識に顔を近づけ、食い入るように見つめ続けると、雛木の胸には鳥肌が立ち、乳首が見た目にもわかるほど更に硬く尖った。それは正に、馬越がこれまで抱いてきた女と同様に、緊張と羞恥が現れた様子に他ならない。 もっとよく見たくて顔を近づけると、無意識の内に荒くなっていた息が雛木の胸に当たり、目の前の肌がぴくりと震えたのがわかった。 目と鼻の先に近づいた乳首が、舐めてくれ、摘まんでくれと言わんばかりに艶やかに誘っている。ここに吸いつけば、雛木もやはり女のように高い声で喘ぐのだろうか。 「あの……もういいか?」 ハッと顔を上げると、雛木が顔を真っ赤にして目を潤ませて見下ろしていた。 「あっ、あぁ悪い」 慌てて体を離すと、雛木は捲り上げていたタンクトップをぱっと引き下ろし、馬越の視線から逃れるように横を向いて手早くシャツのボタンを留めていった。 その様子は恥じらいに満ち、とても女らしく思える。ボタンを首元までしっかりと留め、シャツの裾をスラックスにしまった雛木は、いつも職場で見かける男と同じはずだ。だが、一度女だと思うと、どことなくこれまでと違って見えてくるから不思議だった。 秘密を明かしたことに戸惑うような様子で立ち尽くす雛木に、何か言ってやらねばと思うが、うまい言葉が出てこない。 驚いたと言えば傷つけてしまうだろうか。俺は気にしないからこれまで通りでと言ったら、きっと嘘になってしまうだろう。 考えあぐねた結果、馬越はぽつりと「誰にも言わないから」とだけ口にして、個室を後にした。 雛木が後ろをついてくる気配はない。テーブルに戻った馬越は自分の荷物と伝票を手にすると、振り返ることなく店を後にした。

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