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本当に工藤さんはセックスしなくて平気なの? ~2/4~

工藤と会うのはSM系の部屋があるホテルが多かったが、今回指定されたのはごく普通の、というより安っぽいラブホテルだった。 部屋の中心に真四角の大きなベッドがある他はソファーすら置かれていない、まさにセックスをするための部屋だ。壁は一面毒々しい赤色で、安眠には程遠く、視覚への暴力とさえ思える。その赤い壁も薄いらしく、隣の部屋からは女のわざとらしい喘ぎ声がはっきりと聞こえていた。 安普請を逆手に取り、隣から漏れ聞こえる声すら興奮材料にするつもりで、あえて壁を薄いままにしているのかもしれない。だが、それはつまり、自分の声も両隣の部屋へ丸聞こえになるということに他ならなかった。 セックスにこだわったことへの嫌がらせかと思うほどの悪趣味な部屋ではあるが、工藤との初体験への興奮が圧倒的に勝っていて気にもならない。雛木は「先にシャワーをどうぞ」と促されるままに、上機嫌でバスルームで準備を整えていた。 ――全身綺麗に剃ったし、中も綺麗にしたし、歯も磨いたし。完璧。 だが、バスローブに身を包み、喜び勇んでベッドルームに戻った雛木を待ち受けていたのは、相変わらずネクタイすら寛げていない、シャツとスラックス姿の工藤だった。 「特に言う必要もなかったのでお伝えしていませんでしたが、実は私は射精しにくい性質(たち)なのです。一旦挿入すると、一晩がかりになってしまう可能性があります。あなたを抱くことに否やはないのですが、やめろと言われても途中で止められないので、あなたが本当に”ガン突き”されるのが好きなのか少し確認させていただけますか?」 まさかの工藤の遅漏発言に固まる。だが、それを告げた工藤の瞳には、面白がるような意地悪さが漂っていた。自分を抱かないための方便かもしれないと思うと、俄然闘志が湧いてしまう。 ――「もう我慢できない。入れさせてください」とか言われてみたいけど、工藤さんのキャラじゃないし。「本当にガン突きされるのが好きなんですね。そんなに好きなら、どうぞ私のペニスを一晩中味わってください」みたいな。やばい、言われたい。 雛木は一瞬で台詞付きの妄想を脳内で繰り広げ、 「もちろんです。いくらでも確かめてください」 とにっこり笑った。 この場で再現できる“ガン突き”など、大したものではないだろうと、雛木は完全に高をくくっていたのだった。 「擬似セックスですから、拘束はスパイス程度にしておきますね」 下着を脱いだバスローブ姿でベッドに腰を下ろし、指示された通りに腰の辺りで両手首を後ろ手にしてクロスする。普段であれば二の腕からしっかり締めてもらえるのに、赤いボンデージテープを巻き付けられたのは手首だけだった。上下にも動かせるし、ぎこちない動きではあるが自分で秘所に触れることもできる。 その自由さを物足りなく感じてしまった自分に、雛木は軽く身震いした。 「さぁ、挿れますから、足を開いて」 とん、と軽く肩を突かれ、縛られた腕を下にして仰向けにベッドに倒れ込む。体重を掛けて押し倒されるのもいいけど、やっぱりこういうモノっぽい扱いもイイなぁなどと思いながら、雛木はおずおずと足を開いた。 バスローブを身に着けたまま工藤の前で足を開くのは新鮮で、本当に初めて抱かれるような気がしてくるから、やたらと気恥ずかしい。 腰の下に敷いた両腕の分だけ股間が持ち上がり、バスローブの中を工藤の眼前に晒すことになった。工藤は視線で犯すようにじっくりと観察してから、雛木の両膝を押して尻を更に持ち上げさせた。 バスローブ越しに密着する自分の胸と太腿に、否応なく期待が高まる。これから挿入される物は作り物だとわかっていても、雛木の鼓動は気に入った男と初めてセックスする時特有の高鳴りを見せていた。 つぷり……と少し固めのディルドが襞を掻き分けて入ってくる。工藤は徹底的に擬似セックスをするつもりなのか、雛木の秘所は温められた指型の玩具で長い時間をかけて解され、ローションで満たされていた。 「では、動かしますね」 工藤が手に持った小さなリモコンを操作すると、唐突にウィンウィンと耳障りなモーター音が下肢から響き、ディルドが前後運動を始めた。 「あっ あんっ あうんっ」 その力強い動きに、雛木は一瞬でまずいかもと思い始めていた。後孔への刺激にすっかり慣れた体は、単調なピストン運動でもすぐに快感を拾ってしまう。 ――どうしよう、これ、すぐ、いくっ……! ガン突きの確認といっても、せいぜいディルドやバイブで奥を集中的に突くくらいだろう。 そんな風に思っていた雛木の眼前に工藤が見慣れたボストンバッグから取り出して見せたのは、バレーボール大の丸いプラスチックと、四十センチ程度のコの字型の取っ手が組み合わさった謎の機械だった。それだけ見れば、子供用の遊具の一種かと思えるポップな形状だったが、工藤がその丸い本体部分に肌色のディルドを装着したことで、一瞬のうちに卑猥な装置に変化した。 本体の下部から黒いコードが伸びているのを見て、電動系の玩具だとわかる。普段使うディルドやバイブよりは大がかりだが、そうは言っても少し強めのピストンバイブみたいな物だろう。そんな風に思っていた雛木の予想は、一瞬で覆された。 壁のコンセント穴から直接電力を供給するAC電源によって動かされるモーターは強力で、思い切り締め上げても動きが弱まる気配はまるで無かったのだ。 ちゅぷちゅぷと粘度の高い音を立てながら雛木の秘孔を出入りする肌色のディルドは、日本人の平均的なサイズだと事前に確かめさせて貰っている。雛木にとっては馴染んだ大きさではあるが、エラの括れもリアルで、まさに性器そのものだ。それが出入りするのだから、気持ちよくないはずがなかった。 しかも工藤は、雛木の胸の下辺りまで伸びている取っ手を軽く引き上げながら、いい所にディルドの先が当たるように調節していた。 「あんっ ああっ いきますっ いくっ」 三分も経たずにあっけなく追い上げられ、雛木は一度目の精を放った。だが、マシンは射精時の締め付けに息を詰めることなど当然無く、単調なピストン運動を続ける。 「やだやだっ もういったぁ」 自分の意思と関わりなく弱いところを責められるのは、ものすごく気持ちがいい。だが、昔の男とのセックスの時にも上げただろう自分の甘えた声を聞きながら、雛木はどこか冷静に、こんなもんだっけ、と思っていた。 マシンによる前後運動は力強く、工藤の狙いの正確さも相まって腰を動かすのが下手な男よりよほど気持ちが良いし、加えて持久力も申し分ない。だが、平均サイズで平均のストロークとスピードで抉られても、雛木の体は最早満足できなくなっていた。 ――やばい、もっと気絶するまで責めて欲しい、かも。 確かに気持ちがいいのに物足りない。たった三ヶ月で、普通のセックスでは満足感を得られなくなったらしいと思い知らされ、雛木は自分の変化に愕然とした。 「さて、このまま一晩中続けてあなたの体力の限界を測定するのも興味深いですが、せっかくのリクエストです。”ガン突き”の検証に移りましょうか」 物足りないと思いつつも二度目の放埓に向けて駆け上がり始めていた体から、無慈悲にディルドが抜かれた。ウィンウィンというモーター音を聞くだけでも刺激になるのに、それもリモコンで止められてしまう。 後孔が訴える強烈な欲求に突き動かされ、雛木はもどかしげにシーツの上で腰をうねらせた。 「これ、何だかわかりますか?」 目の前にぶら下げられたのは、血管の浮き出し方さえリアルな、真っ黒な巨根を模したディルドだった。 「最近はオーダーメイドも随分手軽になりました。あの張り付く感触は何とも言えませんが、ここまでの再現率を目の当たりにすると、多少の不快感は我慢する気になります」 暗に自分のモノを(かたど)ったのだと告げる工藤の言葉は、雛木の口の中をじゅん…っと唾液で満たした。 「これを今からあなたの中に挿れますが、その前に上の口で味わってもいいですよ。どうします?」 目の前にある張り出した先端に誘惑される。棹の部分は不自然に真っ黒なのに、括れより先端だけがやけにリアルなくすんだ薄紫とピンクの間のような色だった。それを唇に触れるほど近づけられて、雛木は気付けば言葉より先に舌を突き出していた。 「普通のセックスとはいえ、あくまでも“私との”擬似セックスですからね。いつものように、きちんと言葉でどうしたいか言ってください」 こんなにも意思表示をしているのにすぐには舐めさせてくれず、少し顔から離されたてらてらと黒光りするディルドの向こう側で、工藤の両の唇の端が蠱惑的に吊り上がる。悪魔を思わせる微笑みは、雛木の性感をこれでもかと揺さぶった。 「これ、しゃぶらせてください……。舌で、口の中で、味わいたいです……」 口の端のみならず、唇全体から唾液を溢れさせながら、雛木は必死で黒光りするディルドを舐めしゃぶっていた。 ――これが工藤さんの…。おっきい…。カリ、すごい…。 人工物特有のゴムと油が混ざったようなにおいが鼻を突いているのにも関わらず、雛木は完全に工藤自身に奉仕し、味わうつもりで舌を絡めていた。 ――やばい、どうしよう。これが本当に工藤さんの形なのかもわかんないのに、すっごく興奮してる、俺…。 これまで付き合った相手には、熱心に口で奉仕したいという気持ちになったことなどない。舐めるのも前戯の流れの一つという程度に、おざなりなやり方でしかしてこなかった。 だが今雛木は、舌が痛むほど必死で作り物の男の象徴を舐めしゃぶり、懸命に頭を前後させていた。 ――これ、欲しい……欲しい……! 「全く、あなたの貪欲さと想像力の成長加減には舌を巻きます。けれどそれは、SMプレイには無くてはならない大切な才能ですよ」 唐突にずるりと口から引き抜かれて咳き込むが、尚も舌を伸ばしてディルドを追う。 ――欲しい…工藤さんの…ペニス……! 「いい子ですね。正しいフェラチオの仕方はその内教えて差し上げます。だから今は、”ガン突き”を試してみましょうね。是非、私が根負けするくらい『もっともっと』と言って、私のペニスを欲しがってください」 もっと、もっと。と、雛木は心の内で繰り返した。 ――だって、もっと、欲しい。工藤さんの、欲しい。 ――こんなに欲しくて仕方がないんだから、恥を捨てていくらでも強請(ねだ)ろう。もっと、もっと、欲しいって言おう。 既に朦朧とし始めた雛木の頭は、「もっと」というたった一つの言葉を繰り返していた。もっとって言える、欲しがれる。それは確信だった。 だから雛木は、マシンに装着された真っ黒で巨大なディルドを、はぁ…という満足げなため息と共に受け入れた。ものすごい圧迫感だが、じっくり解してもらったし、ローションでしっかり濡らして貰っている。たとえ入れられただけで呼吸が浅くなるような質量でも、先程までのピストンなら、イきながらも『もっと』と強請れる自信があった。 雛木は、陶然とした微笑みさえ浮かべながら、工藤がリモコンの〔▲〕ボタンを押すのを、うっとりと見つめていた。 《続》

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