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本当に工藤さんはセックスしなくて平気なの? ~1/4~

緊縛されていた時間はほんの十五分程度だったはずなのに、雛木の肩の筋肉はすっかり強張り、動かすたびに鈍い軋みを上げていた。少しずつ縛る時間を長くしていくと言われてはいたが、先は長いようだ。 締め上げられる痛みと圧迫感、そして身動きできない状態で施される性的な刺激に雛木はすっかり夢中になってはいたが、運動しなくなって久しい体は明らかに柔軟性を失っていた。 ――やっぱり毎日ストレッチとかした方がいいかなぁ。 そんなことを考えながら、慎重に腕を引っ張って筋を痛めていないか確認してくれる工藤に、「そこまでちゃんとしなくても大丈夫ですよ」と声をかける。 それは半分はあまりの丁寧さへの呆れ故だったが、もう半分はいやらしいことをしたアフターケアをされることへの気恥ずかしさからだった。 だが、他人の体を呵責することに深い造詣があるのだろう男には、 「大丈夫と言い切れる程の緊縛経験があるのですか」 とにべもなく却下されてしまった。 工藤はいつも、酷使した筋肉や、擦れた肌を、こちらが恐縮するほど労わってくれる。雛木はプレイ中の意地の悪さとのギャップに初めこそ面食らったものの、出会って三ヶ月ほど経った今では、工藤の本質は優しい男なのだろうと思うようになっていた。 DVをする人間が暴力の嵐の後にやたらと優しくなるのとは異なり、痛みを加えるようなプレイの最中も工藤は冷静さを失わず、雛木の様子を観察して力を加減してくれる。 当然のことだと工藤は言うが、そういう性癖であればあるほど、相手をいたぶりながら冷静なままでいるのは難しいはずだ。 きっと世の中には自分勝手な嗜虐心をぶつけるサディストは多いのだろうと、雛木はSMプレイに触れその難しさを実感する程に、そう思うようになっていた。 工藤はとても優しくとても意地悪で、そして責めることに対して美学と経験がある。一種のプロと言っていいだろう。だからこそ、雛木の中で最初は素朴な疑問でしかなかったものが、ここのところ大きく膨らんできていた。 「あの、工藤さんは本当にセックスしなくて平気なんですか?いつも俺ばっかり、その、気持ちよくしてもらってて……。なんだか申し訳ないです。お金を払ってサービスを受けてるわけじゃないんだから、俺もお返しというか、そういうのをしてあげたいかなって思うんですけど」 実際それは雛木にとって不思議なことだった。初めはセックスが目的ではないと言っていた男でも、ホテルに入ればやることはやるものだと経験的に知っている。にも関わらず、工藤が最初の頃に言っていた、「あくまでSMプレイを楽しむ同志ということで、セックスは無しにしましょう」という言葉が三ヶ月も守られているのは、信じがたい事実だった。 もしかしたら、本当はしたいのにプライドが邪魔して言い出せないのかも。 そう雛木が考えてしまったのも無理のないことではある。だが、助け舟を出してやるような傲慢な気持ちで口にした言葉は、相手に不自由もなく、根っからのサディストでもある工藤の機嫌を著しく損ねた。 「あなたが言うセックスが性器の挿入を指すのなら、私はあなたとのプレイにセックスを持ち込むつもりはありません」 ぴしゃりとした拒絶に、雛木は自分でも予想もしていなかった程に傷ついた。 恋人ではないとわかってはいるし、そうなりたいと思っているわけでもないので構わないはずなのだが、はっきりと断られるのは理屈ではない辛さがあるのだと知る。工藤が本当にセックスを求めていないのならそれはそれで構わないのだが、自分にはその価値がないと思われているならばやはり空しいと感じざるをえなかった。 黙ってしまった雛木に気落ちした雰囲気を感じとったのか、工藤は雛木の首の筋の動きを確かめながら、多少和らいだ声で付け加えた。 「私もとても楽しんでいるといつも言っているでしょう。この手のプレイをした相手と寝たことがないとは言いませんが、紆余曲折あって、今はプレイに自分の肉体的な性感を持ち込むつもりはないんです。あなたに食指が動かないというわけではないので、誤解しないでくださいね」 愛し合うのにセックスなんて必要ないだろう?などとそこいらの男に言われたら、インポの痩せ我慢かと思ってしまう雛木だったが、相手はどう見ても百戦錬磨な工藤だ。本人の言葉通り、多くの相手と「紆余曲折」を経て、別の次元にたどり着いたのかもしれない。 だが、そんな別次元の扉など、開くどころかいまだ目にしたこともない雛木には、どうしても納得できない気持ちが残る。あまり固執するのはよくないかなとは思いつつも、未練がましく工藤の性欲を追及してしまうのだった。 「でも工藤さん、た、勃ってる時もあるのに。せめて口で、とか……」 言いながら、俺って結構惨めなんじゃないかとも思う。 これまでの経験では口での愛撫もセックスの一連の流れだと思ってこなしてきたが、相手の性欲を慰めるためだけの奉仕としてなどしたことはない。自分を抱くつもりがない相手にせめてもと口での奉仕を申し出るのは、雛木のこれまでのセックス観では考えられないことだった。 「勃起しているから射精するためにペニスを刺激する、というのはナンセンスすぎるでしょう。あなたがどうしてもそれを望むというのなら考えますが。あなたが自分ばかり気持ちよくなっているのが申し訳ないと思っているならそれは間違いですし、それ以外の理由で私とセックスしたいと思っているなら、具体的にどういう刺激が欲しいのかを教えてください。もしかして、性的に満足していませんか?」 毎度毎度何度いかされたか覚えていないほどいかされているのに、性的に満足していないなどありえない。それに、工藤に本格的にアヌスでの快感を仕込まれて以来、自分でも暇を見つけては狂ったように玩具を突っ込み続けているおかげで、雛木は毎晩深い絶頂と共に良質な睡眠を堪能できていた。 「性的に満足してないなんて……冗談でもありえないです。でも、今まではお互いに射精するのが当たり前だったから、それがないと何となく申し訳ないというか……」 ふわふわとした話を遮ることもなく、工藤は生真面目な顔をして聞いてくれている。それは工藤の誠実さなのだろうが、雛木の心にはあくまでも自分を抱きたいとは言ってくれない男への少しの腹立たしさが沸き起こっていた。 「プレイだと、セックスと違って肉体的な接触とか、腰を掴んでガン突きされる感じとかないですし。そこは若干物足りないかなって。俺、ちょっと乱暴に突かれるの好きなんで」 冗談めかして言ってみたが、結構本音ではある。縛りも前立腺責めもいいけれど、あの揺さぶられる感じも久しぶりに味わいたい。 生意気な言い様に激昂して犯して貰えないかな、などというずるい目論見もあった。工藤のモノを直接見たことはなかったが、固くなっている時にはスラックス越しでもかなりの質量があるように見えたから、あれでガン突きしてもらったらさぞかし気持ちがいいだろうし、余裕を無くした工藤というのも見てみたい。 だが、工藤がそんな小ずるい思惑通りに動くような男なら、雛木は自慰の最中にその姿を思い描き、名前を呼びながら極めたりはしなかっただろう。自分を抱きたがって欲しいと思うのと同じくらい、いやそれ以上に、工藤にはそんなそぶりも見せずに無理矢理感じさせてほしいとも思った。 それはまごうことなきマゾヒストの素質だったが、雛木はまだ自分の性癖を深く掘り下げ、自覚するに至ってはいなかった。 だから、工藤の微笑みを湛えた穏やかな言葉にゾクリと反応したのは、久々のセックスへの期待のせいだと思ってしまったのだった。 「あなたのリクエストはわかりました。では次回、嫌というほど“ガン突き”して差し上げますね」 《続》

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