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初めて乳首イキした日のことは、今でもはっきり覚えています。

勢いよく手前に引いたスチール製のキャビネットの扉が、偶然雛木の乳首を掠めた。 ――うっ 思わず声を出してしゃがみ込みそうになるのを、ギリギリのところで堪える。 キャビネットの扉に擦られた乳首は見る間に勃ち上がり、スーツの上からでも布地を押し上げているのが見て取れた。 雛木の乳首がこんなに敏感になったのは、言うまでも無く工藤の仕業だ。以前はそれほど感じなかったのに、工藤にすっかり快感を教え込まれた。今では会社内でも無意識に弄ってしまいそうになって、はっと我に返って冷や汗をかくほど、雛木の指折りの性感帯になっている。 そう、雛木が四六時中自分の乳首を弄りたがる変態になってしまったのは、工藤のせいなのだ。 偶発的なキャビネットの扉の刺激では足りず、軽く奥歯を食い締めて、思い切り乳首を捻り上げたくなってしまった欲求を堪える。 乳首が熱い。じんじん、気持ちいい。 雛木は書類を整理する振りをしながら、初めて乳首で絶頂した日のことを思い出していた。 やたらかわいらしい薄ピンク色のファーが巻き付けられた手錠をかけられ、後ろ手に両腕を拘束される。こんなおもちゃで発情するほど安くないつもりだったが、人前でこんなちゃちなもので拘束されているという状況は、逆に雛木の体に仄かな火をつけていた。 ――くそっ、素人めっ。 苦々しく思いながらも、冗談めかして「やめろって」と苦笑する。そんな雛木のワイシャツを剥かれた胸に、プラスチックの洗濯ばさみが近づいてくる。 プラスチックの洗濯ばさみは挟む力が強く、接触面も硬いため、水ぶくれができるなどしてSMプレイには向かない、と工藤に教わっていた。 工藤と出会うまでは淡くしか快感を拾わなかった雛木の乳首だったが、工藤は「徐々に感じるようにしてあげますね」と優しく言ってくれた。 専用のポンプで乳首を吸い出してから、ラテックスの輪を根本に嵌め、(くび)り出す。そうして充血して敏感になった先端を、工藤は針で何度も突いたのだ。 血が出ない程度に優しく突かれると、乳首は血流が良くなるのかどんどん赤らみ、敏感になっていく。表皮を破った無数の小さな傷は、痛みではなくむず痒い快感ばかりを与えたので、針の先でつつかれる度に雛木は甘い声を上げ、腰を弾ませてよがった。 そんな甘い責めばかりを受けて、雛木はすっかり乳首を責められるのが好きになっていた。工藤の手で徐々に乳首が大きくなり、どんどん感度が上がっていくのが自分でもわかって、恥ずかしくも嬉しい。好意を抱いている相手によって自分がいやらしく変えられていく実感は、これまで考えてもみなかった幸福感を雛木にもたらしていた。 そうやって大事に少しずつ開発してもらっていた乳首が今、まさか職場の飲み会の悪ふざけで、プラスチックの洗濯ばさみで挟まれる危機を迎えるとは。 男しか参加していない飲み会では、女性の目を気にしない分馬鹿馬鹿しい盛り上がりを見せるのが常だ。安居酒屋の座敷席で、酔っぱらった男達が乳首相撲トーナメントを開こうと言い出した時、トイレから戻ってきたばかりだった雛木はその場を離れるタイミングを逃した。 相撲だかなんだか知らないが、乳首は素人が洗濯ばさみで挟んでいい場所ではないと声を大にして言いたい。しかし、しがない会社員である雛木に、上司も参加する飲みの場の空気を冷やすことなどできようはずもない。 とにかくこの場を穏便にやり過ごすためには、全く反応しないか、大げさに痛がってみればいい。 両腕を後ろ手でおもちゃの手錠に拘束されながら、嫌々ながらも至極冷静にリアクションを考えていた雛木だった。しかし。 「じゃ、いくぞー」 何気ない風で同期の男に開いた洗濯ばさみを近づけられ、乳首を根本から潰す位置でぱっと手を離された。 「うああああぁぁぁあっ」 雛木は自分でも思ってもみなかったほどの大きな悲鳴を上げてしまった。両腕を戒められたまま、畳の上に転がってびくっびくっと体を震わせる。 「悪いっ!そんなに痛かったかっ!」 慌てて外そうとする同期の男たちの手が無遠慮に洗濯ばさみに触れると、鞭打たれたような強い衝撃が乳首を襲った。 「いやだぁっ! 無理っ さわんなっ」 神経を直接潰して縫いとめられているような痛みと、その奥にある仄かな疼きに、雛木はついぞ社内で上げたことのない悲鳴を上げる。 周囲の男たちがどうしようかと手をこまねいている間に、強い衝撃は徐々に去り、じくじくとした痛みに変わって、雛木はなんとか呼吸を整えて浅い息を繰り返した。 「これ、マジ、無理…痛すぎる…どうしてもするならもっと緩いのにしてくれよ…」 同期の男たちは何かを誤魔化すように、「そ、そうか、悪かったな!」「緩い洗濯ばさみのメーカー、ネットで調べるわ」と笑う。 しかし外してやるために触れることも憚られて、しばし雛木の乳首はプラスチックの洗濯ばさみで挟まれ続けた。ようやく我に返った同期の一人がおもちゃの手錠の鍵を外してやるまで、雛木は顔を赤らめ眉根を寄せて、小さく呻いていた。 遅れること1時間で雛木が息を切らせてたどり着いたホテルの部屋では、工藤が特に怒った様子もなくPCで何か作業をしていた。 「すみませんっ。仕事上外せない飲み会が長引いてしまってっ」 息を弾ませながら雛木が詫びると、 「仕事ならば仕方がありませんね」 と理解を示したような返事をしてくれるのに、一度も目を合わせてはもらえない。 「お忙しい中、お待たせしてしまって申し訳ございません」 先程まで職場の人間と一緒にいたせいで、その空気感が抜けきらず、うっかり仕事相手にするような謝罪になってしまう。 工藤はそんな雛木にちらりと視線を向けたが、またすぐPCの画面に向き直ってしまった。 「私に対して、あなたはそのように謝罪するのがふさわしいと思いますか?」 視線も向けてもらえないまま、立場を思い出せと暗に責められる。 何がふさわしい謝罪なのか、どうすれば自分を見てもらえるのかわからない。しかし、工藤と同じスーツ姿で立ったまま謝罪するのが、調教して貰っている身にふさわしいとは少なくとも思えない。 雛木は短い逡巡の後、スーツを脱ぎ捨て下着一枚になって、その場に正座した。 つい先ほどまで社会人の仮面を被っていたせいで、服を脱いで床に座ることにはかなりの恥ずかしさがあった。毛足が短く飾り気のないカーペットの生地が、膝下にごわごわとしたリアルな質感を伝え、自分が今跪いているのだと実感させられる。床から見上げる工藤は、先ほどよりも更に支配者の貫録を増して見えた。 「ああ、きちんとOバックを履いているのですね」 ちらりと見やった工藤が、下着だけは評価してくれた。 「私に弄られたいはずの浅ましいアヌスを下着で隠すなど、どういう了見なのですか?」 以前別件でそう責められて以来、工藤に会える日は下着としての用を成さないようなごくごく面積の小さい下着しか身に着けていない。今日は広い範囲で尻が剥き出しになるOバックの下着だ。 工藤に会う直前に履き替えてもいいのだが、雛木は朝から卑猥な下着を身に着け、そのまま会社で仕事をするのが気に入っていた。敏感な場所がスーツに直接触れる感触を味わう度に、工藤に弄ってもらうために恥ずかしい部分を露出させているだと思い知り、その夜への期待が増していくのがたまらなかった。 直前まで職場の人間と一緒にいて、息せき切って駆け付けた雛木がOバックの下着を身に着けていたことで、工藤にも雛木が朝からこの時間を待ちわびていたことが伝わったのだろう。下着ひとつのことではあるが、工藤のいいつけを守っていることを評価されたのは、雛木にとって大きな喜びだった。 「私を待たせたことについては、その下着と素直な態度で不問としましょう。ところで、あなたの乳首はそんなに大きく腫れていましたか」 視線も手元もPCから外さないまま指摘され、ぎくりと身を強張らせる。 洗濯ばさみで挟まれていた時間は、おそらく3分足らずだろう。しかし、肉体へのダメージに頓着しない無遠慮なプラスチックの洗濯ばさみは、確実に雛木の乳首を痛めつけていた。 「すみません、まったくセクシャルではない事情で…その…乳首をプラスチックの洗濯ばさみで挟まれるという事態になってしまって…。少し腫れていますが、誓って他人に性的な意味で触らせたわけでは…」 言いながらも、相手にセクシャルな意図があったかどうかは工藤には関係ないと気づいて尻すぼみになる。相手が誰であれ、たとえ飲み会の悪ふざけという死ぬほど馬鹿馬鹿しい理由であれ、自分が感じる場所を他人に責められ、今工藤の前で腫らしているのは事実なのだ。しかも、危険だからと使用を禁じられていたプラスチックの洗濯ばさみを使われるなど、工藤の気遣いを踏みにじることに他ならない。そう考えると言い訳は無意味だと思われた。 雛木が黙り込むと、空調のかすかな作動音だけが室内を満たす。工藤は何も言ってくれない。 沈黙が長引くほどに、禁則を破った上に他人に責められ腫れ上がった乳首に、工藤は二度と触れてくれないのではないだろうかという恐れが襲ってきた。 「申し訳ありませんっ!せっかく工藤さんがこれから開発すると言ってくれたのに、セクシャルな意図がない悪ふざけだからと受け流してしまいました。危険性も教えてもらっていたのに、しっかり拒否することができませんでした」 雛木はたまらず、額がカーペットにつく程頭を下げた。 尻を丸出しにした下着姿で土下座するなど、誰がどう見てもみっともないことこの上ない姿だ。 本来、乳首をどうされようが、自分の乳首なのだから他人に詫びる必要などないはずだ。しかし、出会った最初の頃に、「いつでもどこでも乳首を弄っただけで絶頂できる、いやらしい体にしていきましょうね」と言ってもらって、雛木はわずかな恐れと堪えきれない喜びに震えたのだ。これから自分の体がいやらしく変えられていくのだという予感は、不思議なほど甘美に雛木の胸を満たした。 その言葉通り、工藤は手ずから雛木の乳首をいやらしく変えていってくれていた。それなのに、他人にプラスチックの洗濯ばさみで挟まれて腫らしたまま工藤に会うなど、ひどい裏切りのような気がして仕方がなかった。 「不愉快ですね」 顔を見もせずに工藤が言い放つ。 工藤は美しく、SM経験がない雛木から見てもとんでもなく魅力的なマスターだ。その態度や手管からこれまで多くのマゾヒストを相手にしてきただろうと伺えるし、これからもいくらでも跪きたがる男女が現れるだろう。 他者によって自分の調教の手順を狂わされ、雛木が言いつけに背いたとなれば、不愉快に思って簡単に捨てられてしまうだろうと思われた。 「ごめんなさいっごめんなさいっ」 額をカーペットに擦りつけ、雛木は心から詫びる。申し訳なくて、捨てられるのが怖くて、自然に頭が下がった。 「ごめんなさい。どうか俺を罰してください。罰して…許してください…」 泣きそうになりながら(こいねが)うと、工藤はようやくPCから視線を上げ、雛木を見てくれた。 「今日は乳首のパルス責めで新たな悦びに目覚めていただこうと思っていたのですが」 そう言って投げ渡されたのは、茶色い革張りの立方体のケースだった。顎をしゃくられ、おずおずとジッパーを開くと、中には見たことの無い小さな機械が収められていた。 二つのクリップのようなものからリード線が延び、二つのダイヤルがついた手の平サイズの機械に繋がっている。おそらくこの機械を操作すると二つのクリップに電流の刺激が現れるのだろう。 これまで経験の無い道具に恐れを感じると共に、自分の乳首を開発するために工藤がこれを準備してくれていたのだと思うと、雛木のアヌスはひとりでにきゅっと窄まった。 「パルス責めは強烈ですので、徐々に慣らしていこうと思っていましたが、気が変わりました」 工藤はちらりと壁の時計を見た。 「これまで私があえて甘く優しく扱ってきたあなたの乳首を、他の人間が痛めつけるなど不愉快極まりない。あなたが感じる一番の痛みも、一番の快楽も、私が与えたものであってほしいのです」 冷たい表情で放たれる情熱的な言葉に、雛木は内臓を引き絞られるように欲情した。まるで工藤が独占欲を垣間見せてくれたようで、嬉しくてたまらない。自分も、痛みも快感も全て工藤から与えられたい。もしかしたらそんな風に言ってくれるのも、心まで縛るプレイの一環なのかもしれないが、雛木はそれでも嬉しかった。 「俺も、工藤さんにしてほしいです。痛いのも、気持ちいいのも、全部。工藤さんでないと嫌です」 瞳を潤ませ、応えた雛木の声は興奮で掠れていた。 「では、質問です。他人に乳首を潰されて、痛みと快感がありましたか?もしあったなら、今夜は当然それ以上の痛みと快感を味わってもらわなくてはいけません」 尋ねる工藤の声に、怒りはもうなかった。自ら進んで罰されるプレイへの誘導の問いに、雛木は喜びを滲ませて答える。 「はい。ものすごく痛くて、でも、少し感じてしまいました。ごめんなさい」 言葉にすることで、自分の罪深さがより鮮明になり、工藤に罰されて許してもらわなければという気持ちが強くなる。これから与えられる痛みと快感を思って、触れてもいない乳首が固く凝っていくのが自分でもわかった。 「では、より強い痛みと快感で泣いてください。あなたは今、私の奴隷なのだと思い知るまで」 断罪の声は静かで、厳かにさえ聞こえた。私の奴隷と呼んでくれたマスターへの返事は当然一つしかない。雛木は喜びに声が上ずりそうになるのを押し殺し、再度深々と頭を下げた。 「よろしくお願いします」 工藤に指示されたとおり、ベッドに座って二つのクリップで自分の両の乳首を挟んだ。クリップの力は強くはないが、既に腫れている雛木の乳首は横向きに潰れ、じんっとした痛みと甘い痺れにぴくりと眉根が寄る。 三十分以内に乳首への刺激だけで絶頂すること。 それが工藤の命じた罰だった。 雛木の乳首は敏感になっているとはいえ、まだ一度もそこだけで達したことはない。いけそうかも、と思うほど気持ちよかったことは何度もあったが、工藤はあえてそこで追い込むことをしなかったのだ。きっと何か思惑があったのだろう。 そんな開発途上の乳首が、激痛だというパルス責めで快楽を感じられるだろうか。既に、尻を鞭打たれたり全身を縛られたりといった痛みや苦しみで感じるようにはなっていたが、甘やかされてきた乳首への激痛で達するのは多分難しい。 だが、そのハードな命令は雛木への単なる罰というだけでなく、嫉妬めいた工藤の甘い怒りをぶつけられているようで、雛木はなんとしてでも言われたとおりに達してみせたかった。 二つのクリップから伸びたリード線の先にある機械を手に、工藤は軽く引っ張って、クリップがしっかりと雛木の乳首を噛んでいることを確認した。そんな些細な刺激にも、雛木は「んっ」と甘い声を上げてしまう。 しかし、心地よい刺激はそこまでだった。 「では、素敵なイキ顔を見せて下さいね」 と言って工藤が見せつけるように0と1の間にダイヤルをセットした途端、乳首を捻られるような強烈な電流が雛木の両の乳首に襲い掛かったのだ。 「うああぁっ!」 雛木は痛みに思わず大きな声を上げる。 「うるさいですよ」 工藤から発せられる冷たい声音にも、声を堪えることができない。 絶え間なく送られてくるパルスは目に見えず、クリップも見た目にはまるで変化しないのに、一定のリズムで乳首に強烈な痛みが襲いかかる。神経に直接作用するような暴力的な力は、パルス責めという言葉からイメージされるようなビリビリとしたものではなく、むしろ見えない針で無遠慮に乳首を突き刺され、万力でぎゅうぎゅうと押し潰されているような物理的な刺激だった。 「ううぅ…ううぅ…」 ぎゅううーっ、ぎゅううーっ、と一定のリズムで送り込まれるパルスの刺激に、雛木はシーツを握りしめ呻きを上げて耐えている。 最初の衝撃が去ると、針で刺されるような痛みは多少和らいだが、かえって乳首だけを無機質に責められていることが意識されてくる。パルスには撫でられり吸われたりするような甘美な刺激はないのに、工藤の手で無機質な責め苦を与えられていると思うと、不思議と甘い疼きが生まれてきた。 しかも、パルスが流れる度に腹の奥を絞るように力が入ってしまうので、雛木は自然と尻から腹にかけての空洞を意識させられて、早く何か埋め込んでてほしいと腰をもじつかせずにいられない。性器への刺激がなくとも尻だけで十分達せるようになっている雛木は、パルスの強い刺激に自然と蠢く肉筒が、触れられてもいないのにざわざわと快感を拾い上げようとしていることに気付いていた。 ぺたりとベッドに座り込み、シーツを掴んで呻く雛木をしばらく無言で見つめていた工藤だったが、時計を確認すると手にしていた機械を差し出した。 「自分でできますね?」 有無を言わさぬ口調に、雛木は小さな声で「はい」と答えて受け取るしかない。 工藤に責められていると思えばこそ喜びも感じられる痛みだったが、自分で責めるとなると純粋な罰でしかなくなる。しかし、工藤がそれを命じるのなら、断る理由は雛木にはなかった。 一切飾り気のない機械の二つのダイヤルには、それぞれアルファベットと数字が割り当てられていた。二つのダイヤルの目盛りは、今はaというアルファベットと、0と1の間を指している。 「aからeまでパルスの種類が五つありますから、どの刺激が好きか自分で味わって確認してください」 まるで好みのウィスキーの銘柄を尋ねるように上品に促され、震える指でダイヤルに触れる。 「あと25分」 冷たく告げる声が雛木の背を押した。カチリという軽い手応えでダイヤルの目盛りがbを指す と、途端にパルスのパターンが変化した。 ――ぎゅうーっぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっ 「あぁーっ」 強く引き絞られた後、小刻みに潰されるような刺激に、雛木は思わず高い声で鳴いた。刺激の強さは先ほどと同じでも、パターンが変わるだけでまた新たに針で貫かれるような痛みが復活してしまう。 顔を紅潮させ、浅い息をつきながら工藤を見やれば、いつのまにかソファに腰かけ、雛木をじっと見つめていた。その瞳から感情は読み取れなかったが、視線も合わせてくれなかったことを思えば、見ていてくれるだけで嬉しい。 その視線に、言われたとおりにやってみせなくてはと心を強く持ち直し、雛木は続けざまにアルファベットのダイヤルを回していった。 ――ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっ ――ぎゅっぎゅうーーーーぎゅっぎゅうーーー ――ぎゅうううううーっ アルファベットごとに割り当てられたリズムが異なって、刺激が変化する度に堪え切れない悲鳴が迸る。一つのアルファベットの刺激をなんとかやり過ごせたと思いきや、ダイヤルを回すと、また一から痛みを味わうことになる。 機械を持った手をぶるぶると震わせ、それでもなんとか耐えぬいてアルファベットを二巡し、かろうじて耐えられそうなパターン、痛すぎるパターンとなんとか把握する。しかし、目的は刺激に耐えることではなく、あと25分以内に乳首への刺激だけでイくことなのだ。 雛木は震える指で、自分が一番感じた「d」の目盛りにカチリとダイヤルを合わせた。 ――ぎゅっぎゅうーーーーぎゅっぎゅうーーー 緩急をつけ、尚且つ長く絞り上げられる「d」のパターンは、少しの余裕も与えてくれない。雛木はパルスに合わせて、「あうぅ…」と何度も声を漏らしてしまう。 しかし、針で刺した上に絞り上げられるような痛みを感じる度に、雛木は胸を突き出し、感じている時のように仰のいた。膝はいつの間にか大きく開き、小さな布地に覆われた股間は形を変え、わずかに染みを作っている。 少しの時間耐えていると、やはり針を突き刺されるような尖った痛みは徐々に収まり、面で潰されるような乳首全体への痛みに変わっていく。それは確かに同じように痛みではあるのに、雛木が上げる悲鳴はいつのまにか、工藤に尻を鞭打たれる時のような、嬲られることを悦ぶ艶を含んだ声色に変化していた。 また、直接的な痛みだけではなく、工藤に与えられたアブノーマルな玩具の、どのダイヤルが一番感じるのかを自分でアピールしているという恥ずかしさも、雛木の性感を震わせていた。 「気持ちがいいだけでは罰になりませんから、強弱のダイヤルは5まで上げてください」 工藤は雛木がようやく快感を得始めたことに気付いているだろうに、そこに甘んじることを許してはくれない。 強弱を操るダイヤルはいまだ0と1の間を指し、5までは程遠い。しかし、この状態では確かに痛みと快感を得られても、いつまでたってもいけそうにはなかった。 「残り20分です」 残り時間が減っていく事実だけを突き付ける工藤の声に、震えながらダイヤルを回し、目盛りを一気に2に上げた。 ――ぎゅっぎゅうーーーーっ! ぎゅっぎゅうーーーっ! 「ふう゛う゛う゛う゛っ」 堪えることのできない叫びが口を突く。 芽生え始めた快感は霧散し、ただ痛みだけが雛木の乳首を襲う。縛って貰っていないので、痛みから逃れようと思わず手が胸元に動いてしまったが、クリップを外す寸前でなんとか耐えた。クリップに触れないよう胸を鷲掴んで爪を立て、歯を食いしばるが、悲痛な呻きが漏れる。 胸を突き出してガクンガクンと仰のく雛木の目尻から、一滴の涙が零れ落ちた。 痛い。痛くてたまらない。 乳首を針で刺し万力で押し潰すような激痛が、容赦のないリズムで絶え間なく襲ってくる。それはこれまで工藤に教えられたどんなプレイより、一番痛みに特化した苦痛だった。 しかし雛木は、与えられ続ける痛みの中に、痛みとよく似た焼けつくような快感が紛れ込んでいることに気付き始めていた。まるで、痛みを縒り合せた糸の中に、幾筋もの細い快感が分かちがたく編み込まれているようだった。 紛れ込んだ快感は、強烈な苦痛を与えられている乳首では微かにしか感じられなかったが、それは毒のように乳首からペニス、アヌス、腹の中にまで流れ込み、脳さえも徐々に蝕んでいく。 だんだん時間の感覚がなくなり、痛みと体を巡る快感だけを追いかけ朦朧としてくる。その一方で、下腹部のざわめきは大きくなっていくばかりだった。 しばらく経つと、雛木の全身は汗ばみびくりびくりと痙攣して、下着からはみ出さんばかりに膨張したペニスから、たらたらと透明な滴を零すようになっていた。 「あぁぁ……あぁぁ……」 食い締められていた唇はいつのまにか半開きになり、パルスのリズムに合わせて茫洋とした喘ぎが漏れる。痛みが強すぎて気持ちいいという自覚も持てないのに、剥き出しの尻をシーツに擦りつけ、何も挿れてもらっていない空洞を切なく締め付けながら、雛木の頭の中では “痛い” “欲しい” “気持ちいい” という言葉がグルグルと回っていた。 「あと10分ですが、その調子では無理そうですね」 冷え冷えとした工藤の言葉に、雛木の思考が現実へと引き戻される。驚いて壁の時計を見上げると、確かに残り時間は10分しかない。 たまらなく性感は高まっていて、小ぶりなアナルプラグ一つでも達することができそうだったが、それを強請ることは許されていない。 「いけたら……許してもらえますか……?工藤さんに、触って貰えますか……?」 ずっと口を開けて喘いでいたせいか、自分でも驚くほどか細い掠れ声が出た。 その哀れな様子にも工藤が表情を変えることはなかったが、答えた声音だけはとびきり甘かった。 「ご褒美に、腫れ上がった乳首を舐めて差し上げます」 雛木は思わずぶるぶるっと身震いした。プレイという枠組みを常に意識している工藤が、道具を介さず雛木に触れることはそう多くない。舐めるとなれば尚更だ。工藤に乳首を舐めてもらえるのは、確かに極上のご褒美だった。それに、好きな人に乳首を舐めてもらうことをご褒美だと感じられるようになった、自分の心の変化にもゾクゾクして震えた。 雛木の乳首は気づけば普段の二倍近い大きさに腫れ、真っ赤に熟れて尖り切っている。神経が剥き出しになってしまったようなこの乳首に、工藤の濡れた舌が這わされるのだと想像しただけで、一際艶めいた喘ぎが零れた。 あぁ、早く舐めてもらいたい。よく頑張ったと褒めてもらいたい。 その一心で、雛木の意思が固まった。雛木は目を潤ませながら、ダイヤルを2から5へカチカチカチっと一気に回した。 ―― ぎゅっぎゅうーーーー!!!ぎゅっぎゅうーーー!!! 「うああああああっ!」 すさまじい痛みに襲われて、雛木はベッドに仰向けに倒れ込んで絶叫する。無数の針で両の乳首を上下から貫かれ、そのまま引き千切られるような痛みだ。快感などどこにもない。ただ痛めつけることだけを目的とした、拷問のような痛みだった。 「うあああっ! うあああっ!」 パルスのリズムに合わせて、色気のない悲鳴が絶え間なく迸る。シーツを鷲掴み、足で空を蹴って悶えるが、パルスはどこにも発散されず、ただただ規則的に雛木の乳首を刺し貫く。 あまりの痛みに涙が止めどなく溢れた。痛くて痛くて、助けてほしくて、首だけを横に向けて縋るように工藤を見る。 ソファに足を組んで座り、頬杖をついた工藤と目が合った。涙を流す雛木に工藤は何も言ってはくれなかったが、その組んだ足の間はあからさまに盛り上がっていた。 ――勃起してるっ。俺が乳首のパルス責めで悶えてるのを見て、工藤さんが勃起してるっ。 雛木は一瞬痛みも忘れ、工藤の股間に視線が釘付けになった。工藤もそれに気づいていたはずだったが、そのはっきりとした欲望の兆しを隠そうともしなかった。 「かわいいですよ」 あまつさえ、甘い声で、痛みに涙を流す雛木を褒めてくれる。 雛木は遠慮も恥じらいも忘れ、盛り上がった工藤のスラックスの股間を、涙に煙る目でひたすら見つめた。工藤もその視線を咎めはしない。 ――触ってもいないのに、俺が工藤さんのペニスをあんな風にしてるんだ…… この耐えがたい痛みが、それに泣く自分の姿が、工藤を欲情させている。その明確な証を示す工藤のスラックスの盛り上がりが、嬉しくて仕方がない。 ――あぁ、俺、見てもらってる…工藤さんに見てもらってる… 痛みが和らぐ気配はないのに、工藤が自分を見て勃起させているというだけで、痛みを与えられていることが嬉しくなってくる。 工藤の股間をひたすら見つめながら、痛みに対する身構えを意識的に解いていった。痛いことに変わりはないが、工藤に喜んでもらっているという思いが、雛木に痛みを素直に受け入れさせる。 痛い。でも、嬉しい。 すると、パルスの針にいたぶられて腫れ上がった自分の乳首が、工藤を喜ばせる酷くいやらしく愛しいものに思えてきた。工藤の視線を意識すればするほど、乳首が何倍にも膨れ上がるような錯覚に陥り、肥大した感覚域を持ち始める。痛めつけられて腫れ上がり、全身に甘い毒を撒き散らす、ペニスに勝るとも劣らないただただいやらしい突起になっていく。 雛木はこの時初めて、自分は乳首を痛めつけられて喜ぶいやらしい体になってしまったのだと自覚した。この痛みはいやらしいことなのだと思えば思うほど、体の中に快感の波が渦を巻く。 ぎゅっぎゅうーーーー!!!ぎゅっぎゅうーーー!!!と乳首が電流の針に貫かれ押し潰される度に、ざわめいていた腰の奥が引き攣り始め、雛木は股間をガクンガクンと突き上げた。 「ああああっ」 目を瞑り、乳首から体を巡る被虐の毒に酔いしれる。雛木は両手を両の乳首に添えて、電流に貫かれ続ける乳首をクリップごとくりくりと刺激した。痛みも増したが、それ以上に、電流ではない新たな刺激に疼きが増し、腰の動きも止まらなくなる。 「ああ、かわいいですね」 うっとりとしたその声に息も絶え絶えに向き直ると、工藤の手が自らの股間をスラックス越しに摩っているのが目に入った。ゆったりとソファに腰掛け、余裕綽々に微笑みながら、雛木を見て勃起させて、自分でそのペニスを摩っている。 雛木はあまりの興奮に思わず息を呑んだ。 マスターと思い定めた工藤のそのいやらしい行動が、自分に興奮してくれてのことだと思うともうたまらない。 雛木は自分の乳首をクリップごとぐりぐりと摘みながらガクガクと痙攣した。口からは明らかに絶頂目前の切羽詰った喘ぎ声が漏れる。 「ああぁっ あああっ だめです、だ、めっ あああぁっ」 心臓の音がガンガンと響く脳裏に、初めてアヌスでドライオーガズムに誘われた時の工藤の言葉が蘇った。 『限界だと思うほどの快楽を感じたら、いくと言ってみなさい。体が言葉についてきます』 雛木は恥も外聞もなく、パルスの針に貫かれる乳首を更に力いっぱい捻り上げながら絶叫した。 「ああぁいくうううぅっ!乳首いくうううぅっ!」 腰の奥から乳首に向けて、鋭い快感でできた鈎針(かぎばり)が一気に引き抜かれ、ふわりと体が浮き上がったような気がした。 「あああああっ!」 それは、乳首だけで味わう、初めてのドライオーガズムだった。快感の鈎針が通り抜けた体は、乳首が絶頂に縫いとめられてしまったように胸を突き出したままガクガクと痙攣する。 雛木は半ば白目を剥きながら、股間からショロショロと頼りなく小便を漏らしていた。あぁ、漏らしてしまったとわかっているのに、何一つ取り繕う言葉が出てこない。 止まらない痙攣を味わうように何度も体をびくつかせ、うわ言のように「ああ…乳首…乳首が…」と繰り返す。 「ああ、時間ちょうどですね。よく出来ました。痛みを受け入れて、失禁しながら絶頂するあなたはとても愛しい」 遠くから工藤の声が聞こえるが、雛木はもう返事もできない。雛木の絶頂に関わらず、尚も無慈悲に乳首を貫き続けるパルスに合わせて、あぁ…あぁ…と喘ぎながらだらしなく涎を垂れ流す。 「せっかく失禁するほど下半身が弛緩したこの機会を逃さない手はありませんね。アヌスの拡張を優先しましょう。乳首は今度、あなたが正気の時に嫌というほど舐めて差し上げます。」 工藤の声は遠く、雛木は虚ろな目のままパルスに合わせて尚も胸を突き上げ続ける。 『とても愛しい』 まだずっと痛くて気持ちよくて、意識は夢現で揺蕩うようだったが、雛木は限りない喜びをもって胸の中で工藤の声を繰り返していた。いやらしい自分を許すどころか、乳首で絶頂して涎も小便も垂れ流すような自分を、愛しいと言ってくれる。それが絶頂が生み出した幻聴だとしても構わなかった。気持ちよくて、幸せだった。工藤がそんな風に言ってくれるなら、自分はどんな痛みでも快感に変えられるだろうと思えた。 初めての乳首イキは強烈で、思い出すだけで乳首もペニスも勃ち上がってしまって始末におえない。 あれ以来、気持ちよくて気持ちよくて、毎日乳首を弄らずにはいられなくなった。引っ張ったり捻ったりと強い刺激を与え続けたせいで、乳首はどんどん肥大していき、雛木の手に余るほどの身勝手な性感帯に育ってしまった。 職場のキャビネットの扉が掠める刺激でさえ、乳首を勃起させ、腰にずぅんと重い絶頂の種を芽吹かせるのだ。 ――あぁ、今すぐ工藤さんに乳首を力任せに捻り上げてほしい。 雛木は二度三度とこっそりキャビネットのドアを開け閉めし、勃ち上がった乳首に擦りつけ、人知れず微かに「あっ」と悩ましい声を上げた。

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