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第1話

 魔がさしただけだ。  「オニーサン。ポケットん中に突っ込んだもん出せよ」  沢山のヘアピンでとめられた金髪は、ライオンのタテガミのようだ。細く整えた眉。胸元まで開いたシャツ。  いわゆる問題児タイプの子供。  そんな子供が、軽く息を切らして僕を見た。  「なんのはなしだ?」  心あたりがあるのに惚ける。  こういう子供は嫌いだ。  たいして社会の役にも立っていない癖に、大人が何が過ちを犯せば鬼の首でもとったかのごとき反応をみせる。  そもそも、万引きは現行犯でない限り捕まらない。  目の前の少年は片眉をひしゃげる。  「まさかいい年こいた大人が高そうなスーツ着てビキなんて、ありえねーよな」  少年の言葉に背筋が凍り付く。  唾液を飲み込む音が頭上を走る総武線電車の音に掻き消された。  見られてた。  心臓の音が耳にうるさい。  「なんの、証拠があっていっているんだ」  呼吸が速くなる。  できる限り平静をよそおう。  会社員として勤めて、築いて来た物への危機を感じる。  「胸に手を宛てて良心に聞いてみれば?」  強者の余裕で少年は茶化す。  「お前みたいなガキに付き合っている暇はないんだ」  喉の奥から搾り出した声は自分のものではないようだ。  この場は逃げるが上策。  そして、証拠品を隠滅してしまえばいくらでも逃れられる。  「失礼する」  出来るだけ動揺を抑え、彼の横を擦り抜けようとした。  「いっ」  強い力が腕を掴んだ。  痛い。  「離せ」  なんて力で掴むんだ。  手の形に痣になったら傷害事件だぞ。  「あんたさぁ、自分の立場わかってんのかよ」  ぞくりと背中に悪寒が走る。  少年は明らかに、脅迫の目をしてる。  「ひっ!」  何故、肩に腕を回す。  これでは逃れられない。  「オニーサンは知らないかもしんないけど、最近の動画って画質マジクリアなんだよ」  目の前で開かれた液晶画面には、コンビニの棚の前、自分がポケットに商品を入れる瞬間が写し出されていた。  言い逃れのしようがない。  「まぁ、ここまで決定的じゃ、『記憶にございません』なんて、言えないよなぁ」  少年の笑いが悪魔の笑いに見える。  唇を噛み、頭を回転させる。  至近距離で私を捕らえる少年からは、力では逃れられないだろう。

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