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第2話
「……なに言ってんだよ?」
常盤はとっさに手で口をガードして、南をにらんだ。
「やってみたかった、って言ってんの」
「意味わかんねえ。南、そんなそぶり全然なかっただろ」
「バレバレな態度なんか見せれるわけない。いつか機会がくるのを待って待って、でもなにもないまま卒業することになりそうだったから、せめて常盤くんの絵だけでも欲しいと思ってここに忍びこんだんだ」
南の薄茶色の瞳に見つめられ、常盤は視線を外せない。
「好きなんだ、きみの絵」
常盤は推薦で美大に進むことが決まっている。得意な油絵でこれまで数多くの賞を獲ってきた実績があった。
「あ、ありがと」
お礼の言葉を聞いた南はフッと笑いをもらした。
「自分の絵を盗み出そうとしたやつに、なにお礼言っちゃってんの」
「えっ」
「もう、本当にきみってたまらないね」
南は細い指を伸ばして、常盤の両耳の穴をふさいだ。
「……」
目の前で赤い唇が動いたが、常盤には南がなにを言ったか聞こえなかった。耳の穴に指をつっこまれたくすぐったさに身をよじる。
「……」
「やめろよ」
たまらず南の手をはらいのけた瞬間、常盤の唇は無防備になった。
南はそのすきを見逃さず、キスをしかける。常盤は狭い教卓に押しこめられているため、後ろにも横にも逃げ場はなかった。
「んん……やめっ」
抵抗する画家らしく繊細な手を、意外に大きく筋張った手ががっちりつかんで封じる。
南の薄い舌が、常盤の舌をとらえ執拗に追う。やがて絡めとられて強く吸われ、南の口中に連れていかれた。
どれほど時間がすぎたのか、常盤は気が付くと南の胸にもたれかかって荒い息を吐いていた。
「キスだけでこんなになるなんて、感じやすいんだね」
満足げな南を突き飛ばしたかったが、常盤は全身の力がぬけたようになっていて動けなかった。
「誰とやったってキスだけはしなかったのに……」
かすれた声で抗議すると、南はぎゅっと常盤を抱きしめた。
「知ってる」
「えっ、なんで?」
「おれがやったのって、常盤くんとしたことあるやつばっかりだから」
常盤は身を固くした。
「怖い?」
「怖いっていうか、気持ち悪い……なんでそんなこと」
「きみがどんなふうに抱かれるのか知りたくて」
「だったら、直接言ってくれたらよかったのに」
口にしながら、常盤は自分はいったいなにを言ってるのかと思った。もし南に口説かれていれば抱かれてもよかった、と言っているようなものだ。
「汚してしまいそうで、勇気がなかった」
南は常盤を抱きしめたまま離さない。
「おれなんか、とっくに汚れてんのに」
「きれいだよ。常盤くんは誰より清らかできれいだ。絵を見ればわかる」
「そんなこと、誰も言わないのに」
常盤は鼻の奥がツンと痛くなって、南の肩に顔を押しつけた。初めて教師に襲われた時から、どうせ汚れた身だと思って奔放なふりをしてきた。南のようにきれいな体の人間とは、わかりあえないとばかり思っていたのだ。
「ずるいよ、南。こんな……卒業式の日になってそんなこと」
「うん、ごめんね」
アメリカに行ってしまうくせに、と常盤は南を恨めしく思った。
「今はまだ約束できないけど、もう少し大人になったら、常盤くんを迎えに来てもいい?」
「南……それ本気?」
「もちろん」
常盤は胸がいっぱいになって、南の細い体に両手をまわして抱きしめた。
「待ってる、と思う」
「と思うって」
南は笑いながら常盤の首筋に口を近づけた。強く吸われ、ピリッとした小さな痛みが走る。
「このマーキングが消えても、おれのこと忘れないで」
「うん」
常盤も南の首筋に吸いついて赤い痕をつけた。
「キス、もう一度したい」
「おれも」
深く熱く、唇を合わせた2人の耳にチャイムが鳴り響いた。
「卒業式はじまっちゃうな」
「行こう」
あわてて教卓から這い出ると、どちらからともなく手をつないで走り出す。
「そういえばさっき、なんて言ったの?」
耳をふさがれてきこえなかった言葉が気になって、走りながら常盤が聞いた。
「次に会った時に言う」
南は片目をつぶって嬉しそうに笑った。
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