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第1話

 ――四番、ピッチャー、柏木君。  場内アナウンスが響く。  ネクストバッターズサークルから、いつもと変わらず、ゆっくりとしたペースで彼は打席に向かう。  バッターボックスの手前で、二回素振りをするのも、いつもと同じ。 「打てよ、翔太」  ファインダーを覗きながら、青野翼は小さな声で呟いた。  夏の高校野球地方大会、二回戦。相手チームは選抜高校野球で甲子園ベスト4のシード校。スコアボードには4対0の数字がはっきりと見える。甲子園出場校を相手に、弱小チームがここまでよく頑張ったと思う。  場面はもう、終盤も終盤。9回裏最後の攻撃で、ツーアウトランナー無し。普通なら負けていても勝っていても、盛り上がる場面なのだろう。だけど、ブラスバンドの演奏で賑やかな相手チームの応援席に比べ、こちらのスタンドは人も疎ら。ベンチ入りできなかった野球部員と、その家族や友達が、ちらほら応援しているくらい。  『期待されるよりも気がラクや』  翔太はいつもそう言っていた。  打席に立って、足元を均し、翔太はバットを構える。  ピッチャーが振りかぶり、足を上げ、ボールが放たれた。  ――翔太は、絶対初球から打ちにいく。  何故そう思ったのか理由なんて自分では分からない。だけど翼はそう確信して夢中でシャッターを切っていた。  翔太の足がステップし、腰が回り、バットが回る。そのスイングの風圧が翼の所まで届いたような気がした。  カキーンという快音が空間を突き抜ける。  翼はカメラから顔を離しその軌跡を視線で追う。  綺麗な放物線を描きながら白球が青い空へと溶け込んで、どこまでも飛んでいく。  「入った!」  誰かが叫ぶ。人が疎らな応援席で歓声が上がった。  空に拳を突き上げるようにガッツポーズをしながら塁を回っていく翔太をスタンドから眺めながら、翼は大声で叫びたい衝動に駆られていた。  ――アイツが俺の大好きな人なんや!  だけどその言葉を心の中だけで叫ぶと、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。言いたくても言えない。きっと一生、声に出すことのない言葉。  翔太は友達で幼馴染。だけど翔太への翼の想う『好き』は、友達や幼馴染に対してのものではない。  この異なる『好き』と『好き』の境界線は絶対超えてはいけないと、翼は自分に言い聞かせていた。  この気持ちを言ってしまえば、友達で幼馴染という関係が崩れてしまう。きっと嫌われて、もう翔太に会うことすらできなくなってしまう。だから今のままの関係を保っていたい。  友達で幼馴染の関係なら、これから先、卒業して進学して就職して結婚して……お互いそれぞれの道を歩んでいても、またいつか「久しぶりだな」って会える日は必ず訪れる筈だから。

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