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第1話 ちょこれぃとのかわりに

 目の前の皿を見て俺は首を傾げた。 「……深海、が焼いたってわけじゃなさそうだな。ずいぶんとカタチが……」 「なんです? 嫌なら食べなくていいんですよ、朱雀様」  こぉひぃを出す白虎――那智の唇がツンと尖っている。 「お前が、焼いた?」 「そうですけど。深海さんの焼いた綺麗なまぁるい美味しいけぇきが良ければ遊びに行けばいいじゃないですか。それは私が食べます」 「いやいやいや、そうじゃなくて! お前、今までけぇきなんて焼いた事なかっただろ?」  無何有郷では深海が来るまで、男子厨房になんとやらだった。  そうでなくても俺達四方守護にはそれぞれの館が与えられ、世話係にあれやこれやを任せて過ごしていた。  深海が来た今も、自分達の館では厨房に入ることはない。何か不手際があったのかと妙に厨師が騒つくのだ。 「今日は深海さんのいた世界では特別な日なんですって」 「特別?」 「本当は……ちょこ? という物を贈るらしいのですが、ここにはないので、けぇきです。あの二人も今頃食べてますよ? けぇき」  さぁっと朱に染まる頰を見ると、俺でもなんとなく『特別』ってやつの類は察しがついた。 「深海に習った?」 「そりゃ、私一人じゃ作れませんもの」 「怪我、してねぇだろうな?」 「してません! そんな事より早く食べないと冷めて固くなっちゃいますよ?」  こぉひぃだって冷めるのに、とぷりぷりしている那智は可愛い。言葉にしたら、もっと赤くなるだろうか? 「なぁ? なんで教えてくれなかった? お前にとって特別なら、俺にだって特別な日だろう?」 「ええっと、お返しをいただくのは一ヶ月後だそうです! 三倍返しが基本だって深海さんが言ってましたので、よろしくお願いします」  うふふー、と若干子供じみた笑いを浮かべて、那智は自分が焼いたけぇきを早く食べろとせっつく。 「このカタチ、偶然じゃない?」 「そうですよ。そうなるようにがんばったんです。型がなかったので、歪なんですけど」 「カタチで味は変わらねぇだろ。美味い」  ほんのり甘くて柔らかいけぇきは、深海が作ってくれたのよりも美味い気がした――ナイショだけどな。 「心臓・心の形、らしいですよ?」  ゆっくりとこぉひぃを飲む那智は照れくさいのか、俺を見ないで窓の外を眺めている。 「は? 食っちゃったじゃねぇか! 餡子も蜂蜜もかけて食っちまったじゃねぇか!」 「貴方に作ったんだから、食べてもらわなきゃ困ります! 燐のおバカ!」  あとで深海に確認しなきゃいけない。  人間の世は魔術や妖力とは縁のない世界だと思っていたが、自分の心臓を食わせる魔術があるのか? 食わせなきゃ特別は成り立たないのか? 心臓と心を食われて一ヶ月生き長らえる事ができるのか――?  その日の夜、慌てて駆け込んだ俺を何とも痛ましい笑みで迎えた深海。その首を絞めんばかりの勢いで『特別な日』の意味を聞き出して、肩の力が抜けた。完璧に抜けた。 「三倍返し、かぁ。けぇき三枚焼けってことか?」 「違う気がするよ〜解ってないなぁ、朱雀は。ぷぷっ」 「こら、ルナ! そう言うルナは俺に何を三倍返ししてくれるつもり?」 「なーいーしょー!」 「……帰るわ」  とりあえず、今夜はもらった分以上の心を込めて甘やかして言葉を尽くして愛を語るか。   「お帰りなさい、燐」 「ただいま。那智。瑠璃の桜を見に行こう」 「今から? 夜桜見物ですか? 良いですよ。羽織る物を取って来ますね。待っててください」  嬉しそうに微笑んで、くるりと踵を返した背を見送る。  その笑顔が俺の隣に在ってくれるなら。お前と共に在れるなら。  三倍だろうと五倍だろうと構いやしねぇよ。

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