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【了】第101話 ちょっと先の未来(二)

いつだったか。 場所は、将棋会館の控え室だったと思う。成が自身の才能のなさを悩んでいる時、里弓へ聞いた事があった。 「里弓兄って、将棋をやめようとか、もう続けたくないとか、思った事ある?」 「急に何だ。スランプか?」 里弓が僅かに目を見張る。 「違うよ。何となく。里弓兄が壁にぶつかってる所、見たことないなぁと思って。スランプになった事、無さそうだよね。」 「別に。無い訳じゃねぇけど、やめようと思った事はないな。」 「一回も?」 「ねぇな。」 「さすが、里弓兄。僕とは違うなぁ。」 才能の違いを目にする度、妬むよりも感嘆してしまう。指して負ければ悔しい思うけれど、天から与えられた分というか、圧倒的な格の違いにただ見上げるしかできない。 「違う事はない。たぶん同じだ。例えば、将棋やめたとして、代わりに何になる?教師?弁護士?芸能人か?それとも、社長?なりたいもの、やりたい事、あるか?」 里弓の言った職業のどれもピンと来ずに、成は言葉につまった。 ほらな―――と言うように、里弓が笑う。 「やろうと思えば、何にだってなれるとは思うがな。きっとすぐ飽きて、執着もなくアッサリ投げ出すだろうよ。将棋の他に、一生かけてもやりたい事なんてやっぱりねぇ。それに―――」 言葉を途切れさせ、里弓が飛車を手に取る。 その目は、高く飛ぶ鳥になったように、盤面を見下ろしていた。 詰まれる―――と、本能的に悟った。 「たぶん、やめた方が苦しい。」 「そうだね。」 里弓の顔を眩しく感じ、成は目を細めた。 ―――そうだ。 里弓は一日だって、将棋を指さなかった日はない。入院するほどの怪我をした日も、大学受験の日も、伯母が逝った日も、いつだってあの升目を一心に見つめていた。 水が無いと生きれない魚のように、将棋がないと里弓は息ができなくなるのかもしれない。尋常でない里弓を見る度に、いつも成はそう思っていた。 ―――将棋の神様から愛された人。 そして、成の道標。 将棋と出会ったあの日から、里弓の歩いた足跡をたどり進み続けてきた。 たまに見失い、同じ所をぐるぐると回ったりして、きっとたくさんの時間がかかるけれど、顔を上げればそこに里弓の背中がある。 相変わらず遠くに居るけれど、今は、取り残されたような切なさはない。 どんなに頑張っても、追い付ける日は来ないかもしれない。それでもいいのだ。 成はただ将棋の道を歩くだけ。 「よろしくお願いします。」 遥か遠くに光る彼を道標に、成は盤面を見下ろした。 了. お付き合いありがとうございました!!

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