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【歩】第3話 九と十六

―――5時30分。 リビングの時計が五時半を示すと、九歳の成は途端に落ち着きを無くす。高校から里弓が帰宅する時間だからだ。用事があるような事は言っていなかったから、もうすぐ帰ってくるだろう。 ―――今日も将棋できるかな。 ソワソワしていると玄関の開く音が聞こえ、成はぴょこんとソファーから立ち上がった。本当は玄関まで迎えに行きたいけれど、ウザがられたくなくていつもここで堪えている。 里弓が廊下を歩く足音が聞こえ、ドアが開いた。リビングの真ん中で突っ立っている成を見ると、里弓がおかしそうに笑う。 甘やかすような笑顔を向けられ、どうしていいか分からずに成はうつ向いた。 「成、ただいま。」 「あっ、おかえりなさい。」 慌てて顔を上げて挨拶を返すと、里弓にまた優しい笑顔を返された。 成が母の元を離れ、河埜家へ居候をするようになったのは九歳の頃。そして、里弓は十六歳の高校一年生だった。 信じられないかもしれないが、あの頃の里弓は明るく優しい性格で、理想の兄を体現したような人であった。陰気な小学生の相手など、面倒であったろうと思う。 成なら無理だ。しかし、里弓は少しも嫌な素振りを見せず、時間の有る限り幼い成と一緒に過ごしてくれていた。 「成、宿題したか?」 「うん。終わった。」 「着替えてくるから、準備して待ってろよ。」 何の準備かというと、もちろん将棋だ。 「わかった。あ、伯母さんがカボチャのケーキ作ってるよ。」 「食ったか?」 「食べた。美味しかったよ。里弓兄ちゃんも先に食べる?将棋は後でも、」 「しながらつまむ。」 里弓はそう言うと、すれ違う時に成の頭を軽く撫でてから、私室の方へと消えていった。撫でられた頭を触りながら、少しぼんやりとなる。 伯父や里弓からのスキンシップにまだ慣れない。 少しの居心地の悪さと、ふわっとした気持ちを抱えながら、成はいそいそと将棋盤と駒を取り出した。

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