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【歩】第2話

親戚である河埜家に居候をさせてもらうようになって、もうすぐ六年になる。伯父の河埜新士(かわのしんじ)がプロ棋士な事もあり、表向きは弟子という形で河埜家に入った。 今では、伯父を本当の親のように、いや、それ以上に心の底から大切に思っている。 ―――だから、早く。 プロになって、少しでも早く恩を返したい。義務感からなりたい訳ではないが、成が人より出来る事と云えば将棋だけだ。 録画していた将棋番組を必死の形相で観ていると、伯父がリビングへ顔を見せた。 「成、里弓が来てたのか?」 「うん。―――あれ?さっきまでいたけど、もしかして会ってない?」 里弓は大学に入ってから、独り暮らしを始めた。通えない距離ではないのだが、大学に近い方が色々と便利なのだと言う。プロとして収入を得ているから、金銭面を気にする必要もない。 たまに予告なくフラッと現れては、伯父と将棋の話をして帰って行く。 珍しく、今日は会っていないようだ。 「里弓兄、棋譜を読みに来たみたいだったよ。」 「そうか。」 河埜家の一階の東側には、将棋教室がある。伯父が研究会で使っている部屋で、昼過ぎに里弓と鉢合わせた。たくさんの棋譜が置いてあり、里弓もよく足を運んで読みに来る。 「里弓と指したのか。」 「うん。―――何で分かったの?」 「また苛められた顔をしているからな。」 伯父が笑いながら言う。泣いた事まで全部バレていそうで、気まずく思いながら成は自分の頬を擦った。 「別に苛められてはないよ。凡ミスしたから悔しくて。」 「そうか。エライエライ。」 わしわし―――と、伯父の大きな手が成の髪を乱雑に掻き回した。こうした小学生を相手にしているような言動はいつもの事で、既に諦めて好きにさせている。 「あ、そういえば、渡すものがあったんだが。―――仕方ない。明日にでも持っていくか。」 成の頭から手を離して、伯父が面倒そうに言う。たぶん里弓宛で将棋関係の書類でもあったのだろう。離れていると何かと不便だ。 「里弓兄、大学卒業しても家に戻ってこないよね。」 「さぁ、どうするつもりなんだか。」 里弓が急に独り暮らしを始めたのは、成のせいではないかと密かに思っている。 確かめる勇気は、まだ出ない。

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