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【歩】第5話
里弓がプロ棋士になったのは、彼が中学三年生の夏の事。今の成と同じ年齢だ。
七段の里弓に敵わないのは当たり前なのだが、同じ年齢の彼と比べても、腕には雲泥の差がある。当時、最年少であった里弓の成績は、高校生や大学生のアマチュアの中でずば抜けていたらしい。
―――こんなに違う。同じアルファなのに、
うちの家系はどうしてなのか、希少な筈のアルファの出生率が高く、里弓も成もアルファ性だ。
しかし、二人はあまりに違う。一方は頭上高く輝く太陽のような王者で、こっちは山登りすら息絶え絶えの出来損ない。
前を走る里弓の背中を一心に追いかけてきたが、進めば進むほどに距離が見えなくなっていく気がする。
「遠いな。」
呆れるほど開いた二人の距離に、思わず独り言が溢れてしまう。
「何が?」
誰も近くにいないと思っていたから、後ろから声がかかりギョッとなる。慌てて振り向くと、江崎晴目(えざきはるま)がいた。若いプロ棋士の一人だ。
「ああ、進路の悩み?」
成の手元の紙を覗いて、江崎が首を傾げる。肩から流れ落ちる髪が、陽の光に照されてキラキラと輝く。一枚の絵画のような美しさに圧倒された。
「柳小路くんは受験生か。大変だ。」
江崎が穏やかに微笑みながら、成の隣の椅子を引く。カタン―――と、金属が鳴り我に返った。
「あ。江崎さん、こんにちは。」
進路調査の紙を折りたたみながら、どうにか笑顔を返す。
江崎とは今まで挨拶程度しか言葉を交わした事はない。奨励会の成とプロ棋士の江崎との接点といえば、ひとつだけ―――。
「あの、」
「河埜くん、また勝ってたね。」
―――やっぱり、里弓兄か。
江崎の口から里弓の名前が出て、成は身構えた。里弓絡みで、知らない人から話かけられる事は多い。その大半は好意的であるが、たまに難癖つけてくる人もいる。
江崎はそういうタイプでは無さそうだが、突然の接触にやはり構えてしまう。
「二、三年後には八段じゃないかな?そうすると最年少になるね。」
「―――そうなんですか。知りませんでした。」
「彼を見てると、将棋の神さまが付いてんじゃないかなって、いつも思う。」
ふふっ―――と、江崎が目を細めて笑う。どうやら好意的な方だと分かり、成の肩から力が抜けた。里弓のファンには見えないから、これはただの世間話だろう。暇潰しなのかもしれない。
「柳小路くん。俺はね、河埜くんと番になりたいんだ。」
成が緊張を解いた隙をつくように、江崎の口から言葉が落とされた。
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