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【歩】第6話
固まったままの成を置いて、江崎は去って行った。いったい何だったのか。まさか、打ち明け話がしたかったとも思えない。
―――番に。
里弓と番になりたいと言ったくらいだから、江崎はオメガなのだろう。美しいあの人と里弓が並んでいる姿が自然と頭に浮かぶ。
絵になるよなぁ―――と、思う。
思うのだけれども、おもしろくはない。自覚はなかったが、ブラコンだったのかもしれない。
どうにも気持ちを整理できず、一日中悶々としながら中学校で過ごした。授業の内容は何も頭に入ってない。
重いカバンを持ちながら、昇降口を出た所で鈴の鳴るような声で呼び止められた。
「柳小路くん。」
同じクラスの草野だ。下の名前は、早百合だったか。確か花の名前が入っており、凛とした雰囲気がイメージ通りと感じた覚えがある。
「草野さん、どうかした?」
「途中まで―――、駅まで一緒に帰らない?用事がないなら。」
「いいよ。」
草野と並んでゆっくり歩いた。女子たち数人と帰る事はあるが、二人きりは始めてだ。多少の緊張を感じる。
「柳小路くん、志望校って決まった?」
「一応。西鷹が第一希望。」
「じゃあ、外に行くんだ。私はこのまま上がる予定。」
上がる―――とは、内部受験するという意味だ。成の通う星稜中学校の生徒は、半数以上がそのまま高等部へ上がる。
「そのままでもいいんだけど。西鷹の方が将棋を優先できるみたいだから。」
プロの棋士になれたならば、平日の昼間に対局が行われる。出席日数を重視する高校での両立は難しいだろう。だから、授業のカリキュラムがかなり自由に組める西鷹高等学校を志望している。
それに、里弓の出身高校だからという理由もあった。
「棋士になるの?」
「うん。」
「即答するんだ。凄いね。」
感嘆するように言って、草野がキレイな顔を歪める。
「柳小路くん見てると、私も頑張らなくちゃって思うよ。」
草野があまりに苦しそうに笑うので、成は虚をつかれた。
何故、そんなに辛そうな顔をするのか。詳しく聞かれたくは無さそうな草野の雰囲気に、その問いを成は口にできず飲み込んだ。
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