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【歩】第7話

重い足を引きずり階段を下り、右に折れた休憩スペースにくると、成は自販機の前で足を止めた。何か甘めのジュースを買おうと思ったが、深いため息が出てボタンを押す手が止まる。 ぼんやり突っ立っていると、成の横から手が延びて自販機のボタンを押した。ガタンと派手な音を立てて落ちる。 「―――里弓兄。」 里弓が体を屈めて、自販機の取り出し口へ手を入れる。出てきたのはリンゴジュースだ。成へ向かって差し出す。 「ほら」 「あ、うん。ありがとう。」 成が受け取ろうと手を出すと、リンゴジュースが横に逃げた。こういう小さな意地悪は日常茶飯事なのに、いつも引っ掛かる。 ムッとして成が睨むと、予想外に真剣な目とかち合う。 「ふざけた将棋だったな。」 「っ!」 ―――見られてた。 今日の対局は散々だった。 何とかギリギリで勝ちはしたが、ただ相手が弱かっただけの事。気持ちがふわふわと落ち着かず、ミスの数は片手で収まらず、最後まで盤面に集中できなかった。 そうなった理由は分からない。こんな事は始めてだ。 まさか里弓に見られていたとは思わず、恥ずかしさに顔へ血が上る。 「プロは諦めたのか?」 「―――あき、らめてない。」 成が自信をなくした声で言うと、里弓に鼻で笑われた。 奨励会の中で、プロになれるのは毎年トップの2名だけ。今の成の成績では、恐らくプロには届かない。今日のような将棋をしていて、プロになれる筈がない。 必死で頑張らねばならない時なのに―――。 「成、おまえさ。親父の為にプロになろうとか思ってねぇ?」 「思って、」 思ってる―――という言葉が途切れる。里弓の口調に非難するようなものを感じて、肯定するのを躊躇した。 しかし、非難される訳が分からない。 伯父への恩返しの為に、プロになりたい。それの何が悪いのか。 「本当、バカだな。人に自分の人生を重ねんな。いつか後悔すっぞ。」 そう呆れたように言うと、里弓はリンゴジュースを手渡して踵を返した。

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