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【銀】第8話

お食事処『いろ葉』は、将棋会館から歩いて五分の場所にある。日替わり定食はワンコインな上に、おかず、サラダ、みそ汁というバランスの良いメニューを提供してくれる。大変ありがたい店だ。 対局を終えるとちょうど昼時で、拐われるように永岡に連れられてきた。 「柳、しっかり食べろよ。」 でででんっと皿に盛られた豚カツ定食に、成は途方に暮れた。 特盛だ。 肉厚な豚ロースカツが見たことないほど重なっている。永岡による親切心らしいが、これはいらなかった。頭が良いのに、たまにピントがずれてる。 「絶対、食べられないって。残したら、お店の人に失礼だよ。」 「俺が食べるから、大丈夫。まかせとけ。」 永岡が爽やかな笑顔で胸を張る。 どうやら成が食べられないと分かっていて頼んだようだ。人にたかるほどお腹が空いているらしい。 山の豚カツは永岡に任せる事にして、成も箸を取った。 「先生、いつ帰ってくる?」 先生―――とは伯父の事だ。 永岡は小学生から中学生まで、伯父の『こども将棋教室』に通っていた。叔父を師匠と慕い、教室を卒業してもちょくちょく顔を見せている。 そして、叔父は北海道へ出張中だ。 一度あっちへ飛んで行くと、最低でも一週間は帰ってこない。今回は短い方だろう。 「来週の火曜だよ。仕事は土曜までで、後は遊ぶつもりだって。」 「先生、北海道好きだよな。―――あ、里弓さん。」 永岡の目線を追うと、テレビに里弓が映っていた。画面の中の里弓が淡々と受け答えしている。こうして観ていると、まるで他人のように感じる。 ―――会いたいな。 あの『ふざけた将棋』をした日から、里弓とは会っていない。寂しく思っているのは、成だけだろう。 里弓と将棋を指したい。 将棋ができないなら、せめて話がしたい。 それも無理なら、直接顔が見たい。 ―――いや、 そういえば、一度だけ里弓を見たのだ。 調子が戻らぬまま成が毎日をもがく中、里弓と江崎が一緒にいる所を見かけた。 番になりたい―――と、江崎は里弓に話しただろうか。

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