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【銀】第9話

いつかCMで耳にした名も知らぬ曲を歌いながら、成は鍋を覗き込んだ。後は弱火で煮込むだけで、クリームシチューが出来上がる。サラダは冷蔵庫で待機しているし、美味しいパンも買ってきた。 こうして準備は万全だが、食べさせたい相手はまだ現れない。 「里弓兄、来るかなぁ。」 成は独り言を呟きながらソファへ移動し、今日の対局を反芻した。 ―――マグレ、じゃないよな。 最近の不調が嘘のような将棋。 対局の相手は格上であったが、思うように盤面を進める事ができたし、前より強くなった自分を感じた。 まあ、強くなった―――は、勘違いかももしれないが、どうにか迷走期は脱したのだと思う。 久しぶりの手応えある白星に気分が上がり、変なテンションのまま里弓を夕食に誘った。昼過ぎ送ったメッセージに未だ返信はなく、来るかどうか分からない状態だ。 今日がダメでも連絡しているし、明日か明後日は来てくれるだろう。 ―――それにしても、 「なんか、暑い。」 発汗するほどに暑い。 動いてもいないのに汗をかくような季節ではなく、自分の体の異常に気付いた。 「風邪―――かな。」 そう言いながらも、これが風邪とは思えない。発熱する時なら逆に寒くなる筈であるし、喉の痛みのような症状もないのだ。 ―――何かの病気? 体の内に籠る謎の熱に、恐怖が沸き上がる。しかし、叔父は北海道にいて成は家に一人きり。 これくらいの不調で救急車を呼ぶのも躊躇われ、ソファの上で膝を抱えて過ぎ去るのを待った。すぐに誰かに連絡をするべきだったのに。 「はぁっ、はぁっ、」 そうして、しばらくじっとしている内にますます熱は上がり、もう座っている事すら危うくなってくる。さすがに危機感に襲われた。 スマホを探して見渡すが、キッチンに置いたままだと思い出す。 成は舌打ちを飲み込んで、震える膝に力を入れた。 「あっ―――!」 立ち上がろうとしたが、案の定、膝が崩れてしまい床に転ぶ。ソファからは高さがなかったので、あまり痛みはなかったが、もう一度体を起こせる自信はない。 「りく―――、にぃ。」 弱々しい声が出る。来る可能性が低いと分かっているのに、思わず里弓の名を呼んでしまった。 今、里弓は誰といるだろう。 江崎と一緒にいる所を想像して、ひどく悲しくなる。どうしたというのか、視界がゆらゆらと滲んできた。 倒れたまま涙を流していると、遠くで物音が聞こえた気がした。耳も役に立たず音がたわむ。 聞き間違いかもしれない―――そう思った瞬間、脳ミソが弾けそうな熱に襲われた。 「かはっ、」 「成?」 誰かの声を聞いた途端に、成の意識はふつりと混濁した。

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