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【銀】第10話
実家の玄関を開けた途端に、甘い香りが河埜里弓(かわのりく)を出迎えた。
何だろうか―――と、首を傾げる。
いつかどこかで嗅いだような気もするが、どうも思い出せない。この家に住む父も従弟も、香水の類いは使っていなかった筈だ。
「成?」
里弓を呼び出した従弟の柳小路成(やなぎこうじなる)の名を呼びながら、リビングのドアを開けた。
「う、」
むせるほどにきつい香りに襲われる。
―――これは。
本能が剥き出しにさせられる。嗅いだ瞬間に、里弓の体の熱が異常なほど上がった。
「フェロモン?」
里弓は呟いてから、慌てて鼻と口を塞いだ。
何故、実家のリビングにオメガのフェロモンが撒き散らされているのか。
父か、従弟の客人が発情したのだろうか。もしかすると、里弓の熱狂的なファンが発情しながら忍び込んだのかもしれない。前にも一度ストーカーと化したファンに襲いかかられた事がある。
どちらにしろ、もう一度呼吸してしまえば、完全にあてられてしまいそうだ。
この濃厚なフェロモンから逃げようと、里弓が後退りかけた時に、ソファの陰から誰かの腕が伸びているのに気付いた。
「な、―――成!?」
倒れていたのは、迷惑なファンではなく成だった。
成はアルファだ。
こんな濃いオメガのフェロモンを嗅いだのだから、慣れない成が倒れてもおかしくない。オメガのフェロモンに驚いて、すっかり頭から抜けていた。
「おい、成。しっかりしろ。」
里弓は声をかけながら、気を失っている成の上半身を抱き上げた。
成の着衣に乱れはないのを確認して、そっと安堵する。このフェロモンを撒き散らしたオメガを襲ったりはしなかったようだ。
―――にしても、キツいな。
こんなにも濃いフェロモンは嗅いだ事がない。早くリビングから避難せねば。
里弓は今にも弾け飛びそうな理性の糸を繋ぎながら、成の膝裏へ腕を入れた。そして、そのまま立ち上がろうとしたのだが―――、
「あつ、い。」
成の掠れた声が聞こえ、里弓は視線を下げた。
そこにあったのは、欲望を露にした顔。
頬を薔薇色に染め、睫毛の先まで濡らして、雄を誘う雌の顔だ。
見たことのない成の色に、里弓は背筋が震えた。
―――まさか、成が?
「な――――」
成―――と言う里弓の声は、重なった二人の咥内に閉じ込められた。
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