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第1話

僕がその『子猫』を拾ったのは二月の終わりのことだった。 「…っ、痛っ、ノアール、また、噛み付いた…!」  噛むことが楽しくて仕方がないのか、その黒い子猫はエサをやろうとしたその手に噛み付いたのだった。 「まぁ、死にかけよりいいか。ノアール、僕の手、そんなに美味しいのかい」  美味しいから噛むのだとは思っていなかったが、指先に歯を立てようとする子猫を躱しながら、猫用のミルク、カリカリと誰もが呼ぶ固形物を皿にあけると、執拗に指にじゃれる子猫を抱き上げ、皿のフチに置いた。  手指を追いかけて見上げた子猫は、すぐミルクの匂いに誘われ皿に顔を寄せた。 「僕の指より美味しいだろ?」  ミルクに浸り柔らかくなったカリカリを子猫があっという間に食べるのを見て、頷く。 「よし、食欲あり。よく眠るし、よく遊ぶ。トイレも覚えた。問題ないな」  皿を舐める子猫を横目に、鏡の前に立ち、髭の剃り残しはないかチェックし、髪の乱れを整える。 「僕の方も、問題なしだ。ノアール、もう時間だ」  皿に興味を失い、弾丸のように足元に駆け寄った子猫を抱き上げると、ベッドの脇に置いた大きな籠にそっと入れる。  子猫はすぐに籠の持ち手から下がる玩具に齧り付いた。 「すぐ、飛び出すだろうけど」  コートを羽織り、ポケットの鍵を鳴らす。 「じゃあ、行ってくるよ、ノアール」  ドアを閉めつつ、隙間から、子猫が遊ぶのを覗きながら荒巻統夜はアパートのドアの鍵を締めた。

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