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第2話
その総合病院はオフィス街にある。
「トーヤ、子猫を飼い始めたんだって?」
そう言って肩を叩くのは統夜と同じ研修医のグレイグだった。短く切った金髪に、青い目。誰の眼に見ても二枚目の男はスクラブに白衣を纏い、統夜にコーヒーを差し出す。
コーヒーを受け取った統夜は、不思議そうに首を傾げた。
「そう、誰から聞いたの」
返事を聞くなり、グレイグは驚いた顔をする。
「まじかよ、お前、それで日本には、その、帰るつもりなんだろ?」
「そうだけど、その前に誰かに貰ってもらうつもりだよ。僕は、あの子の一時の宿でも構わない」
統夜の顔をまじまじと見たグレイグは、小さく「ジーザス…」と祈った様だった。
何か変な事を言ったか、と統夜は目を瞬かさせたが、グレイグは続けた。
「トーヤ、お前、本当に男か?いや、日本の男ってのは、そういうものだったら申し訳ない」
「?グレイグ、何の話をしていたんだっけ」
「いや、お前に彼女ができた話を」
「は?いや、僕にいつそんな話が」
「だって、この頃付き合いが悪いから。キースのやつもアパートに可愛い子が待ってるって…」
「ああ、キースには写真を見せたっけな。…って、ノアールは猫だよ。猫。残念だけど」
言いながら鞄からスマートフォンを取り出しアルバムを見せる。つぶらな瞳をした子猫の写真がスライドして画面に現れた。
グレイグはひと目子猫を見て目尻を下げたが、すぐ統夜の顔を見た。
「ほんと、草食だな。トーヤ」
「あぁ、僕はこの猛獣に喰われる鹿でいいよ」
スマートフォンのカバーを閉じるその指先の傷を見たグレイグは溜息を吐く。
「トーヤ、噛み癖のある子猫は手をグーにするんだ」
「グー?」
「グーだよ、日本の、じゃんけん」
そう言って、グレイグは手を握る。
「ああ、グーね」
統夜も習って手を握る。
「これをどうするんだ?」
目の前に握った手を差し出すと、統夜は不思議そうに自分の手を眺めた。
グレイグはそれを齧る真似をしてみせる。そして言った。
「齧られそうになったら、これを口に押し入れるのさ」
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