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第3話

 それが本来の噛み癖のある子猫に対する躾方法らしい。  本当にそれで噛み癖が治るのか。にわかに信じがたい。統夜は握った拳を見つめ、そして手を開いた。  地下鉄の車内は静かに時折揺れていた。  時計は夕刻七時をまわる頃だった。ノアールは、遊び飽きて寝ているか、腹を空かせて待っているに違いない。育ち盛りの子猫には申し訳ないが、他に世話をみる者もいない独り者に飼われている以上、多少の空腹には耐えてもらうしかなかった。  一週間前、拾った時は鳴くこともできぬほど衰弱し、初めて間近に見た時はただの黒く小さな塊だった。  雪が降り出したのは二月の終わり、酷く冷えた夕刻のことだった。  果物の絵描がれたダンボールに、既に冷たくなった三匹と共にノアールはいた。  咄嗟に動物病院に担ぎ込まなければ、統夜さえノアールも死んでいるのだと疑いもしなかった。  死んでいることが信じられず、それを誰かに肯定されることで信じようとした、その結果がノアールとの出会いだった。  獣医師は言った。 「生きてるうちに出会えた事を感謝するんだ」  それがどんな意味なのか、覚悟した統夜だったが、三日経ち、ノアールと名付けた子猫は起き上がり自力でミルクを飲んだばかりでなく、走り回り始めた。  一週間経った今でさえ、玄関を開けた時に待っているのは冷たくなった子猫の亡骸ではないかと不安に襲われる。  だがそんな主人の不安をよそに、黒い子猫は部屋の中を走り回っているのだった。

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