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ほろ苦くて甘い
だれかが俺の頭を撫ぜている。いっちゃったのに戻ってきてくれた……このまま寝ていたい……。
でもやっぱり現実に引き戻された。目覚めって容赦ないね。頭を撫ぜていたのはコウタロウだった
「目が覚めた?」
俺を見下ろすコウタロウは、ふっきれたような顔をしている。穏やかだ。たぶん俺は顔を歪めているだろう。眠ったけど、ちっとも疲れはとれていない。
「コウタロウ、今何時?」
「8時すぎかな」
「いつからここにいるの?」
「1時間くらい前」
「コウタロウは普通だね。俺はしんどい」
本当にしんどかった。わからないことが多くて、自分をもてあましていた。だって自分がどう感じているのかわからないんだ。渦巻く感情が文字通り俺の中でグルグルしている。
「さとちゃん。僕の話をきいてよ」
さとちゃんと呼ばれて、またぶりかえしそう。
「コウタロウはなんで、俺のことさとちゃんって呼ばなくなった?」
「さとちゃんって呼び続けていたら、いつまでも子供みたいで。守れないって思ったからだよ」
「何から守るんだよ」
「さとちゃんをすべてのものから」
俺はガバっと起き上がった。思いっきり顔が近くなる。息がつまりそう。コウタロウ今何を言った?
「僕は、さとちゃんだけいれば、もうあとは何もいらないんだ」
そのままコウタロウに抱きしめられた。何がどうしちゃったんだ?コウタロウ?お前、何もいらないって……心臓がドクドクいってる。重なった胸からコウタロウの心臓の音を感じる。
トクン、トクン
コウタロウの心臓が俺の心臓に乗り移って音が聞こえるみたい。
トクン、トクン、トクン、トクン
「さとちゃん、僕の話をきいてくれる?」
コウタロウは俺の耳元で、もう一度同じ言葉を繰り返した。
ベットの上に並んで座って壁に身体を預けた。コウタロウは俺の手を握っている。俺は喜んでいいのか、何なのか麻痺したようでフワフワ。
「コウタロウ話してよ。俺途中で何も言わないから。だから俺にわかるように話して」
お互い暗くなった部屋のなかで、相手をみないで部屋の向こう側の壁を見ている。コウタロウがキュっと握る手に力をこめた。
「さとちゃん。僕があの本をあげたとき、さとちゃんが遠くにいっちゃう気がした。それならそれでいいかと思った。僕の心に芽生えたものは普通とは違ったから。
違う高校にいったら解決すると思った。でも家が隣じゃね、無理だよね。
彼女もできた。そして初めてのとき、僕は彼女の目を見ながら、さとちゃんだったらいいのにって思ったんだ。自分でも最悪だと感じたよ。
だからね、離れてダメなら近くにいたほうがいいだろうって思った。
さとちゃんが札幌の大学にいくから、僕もそこに行くことにした。やりたかった建築科もあったし側にいれるし一石二鳥だった。
大学生活の中で、さとちゃんは一部の人たちにモテモテ。僕は正直うれしかったんだ。幸いなことに僕は男だから、可能性があるって思った。
さとちゃんはどんどん艶っぽくなって、正直僕はあせりだした。さとちゃんを狙っている人がけっこう多かったし、他の人に獲られるつもりは無かったしね。
だから僕はさとちゃんに自分の気持ちを言おうと思ったんだ。
さとちゃんがコンパにいっていることは松田から聞いていたから、店にいった。中にいるミカちゃんに電話して、さとちゃんに外にくるように言ってってお願いしたんだよ。
さとちゃんは、酔っていてますます綺麗だった。
僕にうれしそうに笑って、コウタロウ迎えにきてくれたんだって。
眼鏡男子に耳かじられたって、もう家に帰りたいって言ったんだ。
迷わず僕の家に連れ帰った。耳をかじるなんて猛烈に腹がたったから。
部屋について寝かせようとしたんだ。さとちゃんはほとんど目をつぶっていて、パ一カ一を脱がせながらものすごくドキドキしたよ。手が震えてた。
腕をぬくのに僕にもたせかけたら、さとちゃんが言った。「コウタロウあったかい」って。
僕はそれで限界だった。抱きしめてキスをしたらさとちゃんは僕を抱きしめてくれた。
ものすごく幸せだった。10年かかったから。
でもさとちゃんは翌朝間違ったって言った。
ぜんぜん……覚えていなかった」
信じられないけど、コウタロウは俺が好きらしい。でも遠くで自分をみているような現実感のない感覚。喜んでいいのかな、信じていいのかな。ちゃんと頭が動いてくれない。
俺が襲ったわけじゃないってことがわかった。なんでコウタロウが同じ大学に来たのかわかった。なんでサトコンって松田が言ってるのかもわかった。でも実感がわかない。そして実験の意味がマスマスがわからない。
「それからさとちゃんは本当になかったことにしたようだった。
僕は思い出すだけで、夜眠れなくなるくらいだったのに。自分で熱を鎮めて悲しくなる夜を何度も迎えた。
そんな日が続いたあと、さとちゃんはユウキって人に会いにいって傷ついて帰ってきた。
関係解消したのは僕にとってよかったけど、僕をみてくれる保障はなかったし、また誰かのところにいっちゃうかもしれないって。
好きだから手を離したノヴァリ一の気持ちをさとちゃんに言われて、もしかして?って気がついた。
僕は歓喜したよ。おかゆを作った日、さとちゃんが泣きながら行かないでって寝入ったのをみて、確信した。
そして決めたんだ。僕自身の心を試して、僕が本気だってことをさとちゃんが信用してくれることを。それであの人を誘った」
俺はコウタロウの顔を見た。薄暗い中では表情を読みきれない。コウタロウは黙って俺の肩を抱き寄せた。
「僕はゲイじゃない。だから僕がさとちゃんを好きだといっても信じてくれないと思った。僕はさとちゃんが男でも女でも、どっちでも良かった。さとちゃんだけが欲しかったから。
それが本当かどうか試そうと思った。そう考えたら相手はあの人しか思い浮かばなくて。悪いことしたけど、さとちゃんを傷つけたんだから謝るつもりはないけどね。
結果は予想以上で僕の身体と心は拒絶した。
あの人の舌が首筋を舐め上げたとき、一気にこみ上げて相手のシャツに盛大にぶちまけた。
もうそんな状態でやる気なんておこらないだろ。
勘弁してくれよってブツブツ言いながら、あの人は服を脱いでいた。
僕はベッドにまるまって、気持ち悪かったけど満足だったよ。
僕はさとちゃん以外の男と身体を重ねることはできない。
さとちゃん以外の男に触られるだけで吐くぐらい拒否反応を起こす。
これでさとちゃんも僕の気持ちを信じてくれると思った。
すごい勢いでさとちゃんが来て、取り乱しながら僕の心配をしてくれた。ものすごく嬉かったよ。天にも昇る気持ちだった」
「じゃあ、なんであんな挑むような顔して、あんなこと言ったんだよ。『すきでもないヤツと寝ることができるのか実験したんだ』って」
「ちょっと意地悪したかったから。僕のことを覚えていなかったことを根に持ってるから。僕は思っていたより執念深いみたいだ」
ほんと、覚えていればよかった。こんなに回り道しなくてすんだのに。
「さとちゃんがいなくなっちゃって、あの人が言ったんだ『振られるのもカマセ犬にされた経験も今まで無いんだけどね、俺』って。
ちゃんと捕まえておかないと、俺が貰うって。本気でさとちゃんに惚れたってさ」
「俺はいらない、遠慮しとく」
「本人に言いなよ。たぶんアプロ一チされるよ。
待っていても、さとちゃんは戻ってこないだろうし電話にもでてくれないだろうからここに来たんだ。
さとちゃんが起きるのを待ってた。寝顔を眺めながらね。幸せってこういうことなんだって実感したよ」
「俺でいいのか、コウタロウ。全然覚えてない俺なのにさ」
「さとちゃんだけでいい、
さとちゃんだけいればいい。他の男も女もいらない。
男で男のさとちゃんが好きだ。それは特別。さとちゃんの性別なんか僕にとって問題じゃない。覚えていなくていいよ。今度こそ刻み付けるから」
コウタロウの言葉と俺の手をギュっと握るしぐさに身体の芯が熱くなった。
「コウタロウを繋ぎとめるのなら、俺の身体でも心でもなんでも、お前にやるよ。だから手を離さないで……どこにもいかないで」
俺の目から涙が零れた。コウタロウは黙って俺を足のあいだに挟みこんで正面から抱きしめてくれた。
「さとちゃん、泣かないで。ねえ、僕のこと好き?好きだよね、好き?」
俺はコウタロウの首にかじりついた。この腕の中にある温もりを手に入れられるのなら、どんな恥ずかしいことだって言える。できる。
「コウタロウ、好きだよ。たぶんコウタロウが思うよりも、俺お前が好きだ。
ずっとコウタロウに恋してたんだ」
コウタロウの身体が震えた。コウタロウに頬を寄せたら、暖かい涙が俺に触れる。コウタロウが俺を好きなのって本当なんだね。だって俺と一緒だよ、泣いてるもの。
「キスしてくれよ。コウタロウ。あんまり幸せでいっちゃいそうだ、俺」
コウタロウの優しいキスが降りてきた。最初ついばむようなキスだったけれど、どんどん深くなる。コウタロウの中に舌を入れる。口蓋をなめて唇を挟み込む。コウタロウの唾液が甘い。互いのくぐもった声が相手の口のなかに消えていく。
心が繋がったような安心感が俺の身体を暖かく包みこんだ。恋した相手とのキスはとても甘い。夢中になってコウタロウの唇を味わっていたら、ふいに口を離された。
「さとちゃん、もうだめ」
勢いよくベッドの上に仰向けにされる。欲望に濡れた男の顔をしたコウタロウをみて、俺のスイッチが入る。
「コウタロウ今度は忘れないか……んん」
俺の決意表明はコウタロウの唇でさえぎられる。心地よい重みを身体で受け止めながら、思った。今度は俺忘れない、忘れることなんかできない。
俺はコウタロウと溶け合ってひとつになるのだから。
END
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