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的のむこう側番外編:優しく指導してね

「危ないから僕の言うことを、ちゃんと聞かなきゃダメだよ。分った? 吉川」  インターハイ準優勝者のノリ先生に弓を引いてみたいとお願いしたら、面倒くさそうな表情をしつつも(なぜなんだ!?)うっすら笑いを浮かべながら了承してくれた。  背後から寄り添うように身体を近づけながら、俺の腕を両手で掴んでくれる。 「えっと、基本の持ち方から教えるね」  ケガをしないように、優しく丁寧に説明にしてくれるのだが――後ろにいるノリの身体から伝わってくる体温や息遣いに否応なしに反応し、鼓動がこれでもかと高鳴ってしまう。  だってこの状態、いつもと逆なのだ。まるで、ノリに襲われてるみたいに感じる。 「縦と横の身体の軸がブレないように注意しながら、おへその周りに気力をためて、しっかりと集中するんだよ」  集中……。この状況で集中するったら、アレのことで頭がいっぱいになって、集中するのが無理に決まってるだろ!  しかも耳元で囁かれる吐息交じりの言葉のせいで、自然と顔が熱くなっていった。 「もぅ、吉川ってば。ちゃんと聞いてるの? 真面目にしないと教えないよ」  クソ真面目なノリが俺の様子に気がつき、注意する。  ヤバい、これ以上怒らせたら嫌われてしまう。 「最初の説明はちゃんと聞いていたんだけどさ、ノリの存在が大きすぎて、ちょっと別なことを考えちゃって」  誤魔化さず説明しながらノリを横目で見ると、目元を赤らめてから、ため息をついた。 「僕は今、吉川の先生してるの。だから他のことは、どこかに除けてくれないかな。じゃないと、教えられなくなっちゃうから」 「わりぃ、つい、な。ノリ先生もう一度、ヨロシク頼む」  ドキドキしながら説明を頼むと、嬉しそうな顔してきちんと説明し直してくれた。  そしてノリ先生の教えどおり、弓を構えてゆっくりと息を吐く。 「こんな感じで大丈夫か?」 「うん、バッチリだよ。姿勢をまっすぐ保たせながら、そのまま矢を射てみて」  言われたままに姿勢をキープしてから、大きく弓を引き、思い切って矢を放ってみた。  キンッ!  いい音を鳴らして弓から放たれた矢はまっすぐ、的にむかって飛んでいく。  ガツンッ! 「……ありゃ?」  的に中ったら紙を破るような、パンッって音がするはずなんだが?  不思議そうにしている俺を見て、ふふふと笑うノリ。 「きっと的枠に中った音だよ。だけど矢が的枠の外に出てたら外れで、的の中に入ってたら中りだからね。確かめてみよう?」  引っ張られながら矢取りをする歩道を歩き、狙った的の正面に跪いた。 「やったね、吉川。初めての弓道で中てちゃうなんて、君ってセンスあるよ、すごいね!」 「おー、サンキューな、ノリ!」  嬉しくて抱きつこうとした俺を、タイミングよく身を翻し、容赦なくバシンと背中を叩く。 「弓道は武道なんだよ、サッカーみたく抱きつかないんだから。喜びを心の中で、じわぁと噛み締めて下さい」  最後の最後まで、しっかりと指導してくれる厳しいノリ先生。  ううっ、ノリ先生に優しくされたいのに……。  中った喜びよりも、叩かれた背中の痛みを噛みしめていると―― 「困った生徒だね、吉川は」  俺の頭をくちゃくちゃと撫でてから、掬い上げるようなキスをちゅっとしてくれた。 「中ったご褒美だよ、まったく……。デレデレした顔をしないで、しゃんとして下さい吉川!」  なぁんて怒られつつも、すっごく嬉しかった。  俺だけのノリ先生――ずっと独り占めしてやりたい。  このことを自慢すべく淳や大隅さんに、ウキウキしながら報告した。 「何を今更、そんなことで浮かれてるのー。俺なんて1年のときに、弓道体験させてもらってるよー」 「私もノリトさんと知り合って仲良くなってから、体験してみないって声をかけられました。優しく教えてくれましたよ」  などと知らない間にふたりに先を越されてた、恋人の俺って一体……。  だけどあの場で、キスとかムニャムニャとかしていないに違いない! なので俺だけのノリ先生には違いないんだ。  などと勝手に解釈し、ウキウキ気分を何とか持続させたのであった。  めでたし、めでたし。

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