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第4話
朝露が極楽満月の地面を濡らす頃、白澤は店へと戻ってきた。
あの鬼の気配が、唯一残っているのが自分の店だった。
「どこに、いるの……」
白澤は裸足のまま、店の裏手へと回る。そして小さな花壇を凝視した。
昨晩まで土しかなかったはずの花壇に、色とりどりの花が咲き乱れていた。
ふらついた足取りで、花壇の前にやってくる。
咲いている花々の種類を理解したとき、膝からその場に崩れ落ちた。
「アイビー」
(貴方から死んでも離れません)
「ウシノシタクサ」
(貴方の想いを信じていいのでしょうか)
「オダマキ」
(私は貴方を必ず手に入れます)
「カマズミ」
(私を無視したら、死にます)
「クロッカス」
(私を裏切らないで下さい)
「ドクニンジン」
(貴方は私の命、そのものです)
「ハナズオウ」
(貴方が私を裏切れば、殺してやりたい)
「フキノトウ」
(貴方を処罰するなら、私の手で)
「リンドウ」
(悲しい顔をしている貴方が好きです)
「勿忘草」
(私を忘れたりしないで下さい)
「アジサイ」
(貴方は美しいけれど、冷淡です)
「黄色いチューリップ」
(たとえ望みなき愛だとしても)
「イカリソウ」
(私は必ず貴方を捕らえるでしょう)
「黒薔薇」
(貴方はあくまでも、私のものです)
「クワ」
(共に、死にましょう)
全ての花の種は、鬼からの恋文。
花が咲いてやっと、鬼灯が伝えたいことが理解できた。
「これだけ僕を愛してて、どうしてお前は消えるんだよ?」
(身体を重ねたのも愛を伝えたのも、ただの気まぐれだった)
「あんな上辺だけの軽い言葉で満足するなら、なんでこんなもの贈って来るんだよ!」
(上っ面だけの軽い愛を伝えたいわけじゃなかった)
「僕は……僕だってっお前を――!」
(ちゃんと好きだって言いたかった)
相変わらず白澤の口から零れる台詞は音にならない。後悔と悔しさが入り混じった感情が押し寄せて、ぐしゃりと髪をかき乱す。
「僕は……僕は、言えないんだよ……。一番伝えたいことを、お前に、言えないんだよ」(神はただ一人に愛を与えられない)
頬を伝う熱い雫がぽたりと花壇に落ちる。すると、そこからまた一輪の花が咲いた。
「スノードロップ……」
(貴方の死を望みます)
「お前が僕の死を望んでも、僕は――」
(貴方をずっと、待っています)
鬼の消える瞬間の台詞を反芻する。
死と云う概念のない神が死ぬのを待っているのか、それとも白澤から本気の愛を伝えてくれるのを待っているのか。どちらの意味にせよ、白澤は真っ赤に目を晴らして呟いた。
「わかった、お前が待っていてくれるなら」
薄く微笑んだ白澤は瞼を落とす。絶望の深淵にあるのは、ただの闇。
しかしその闇の先に、愛しい鬼の姿を見つけた気がした。
終幕
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