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コウタロウやらかす その2
「ただいま~」
真琴さんの声がした。
「あ、さとちゃん!お久しぶりね」
あいかわらず真琴さんは綺麗だった。さすがコウタロウの親だ、綺麗でかわいい。ちょっとぼ~っとしてたみたいで、コウタロウの声がする。
「さと?」
ああ、ああ、すいません。現実に戻りました。
「お久しぶりです、真琴さん。相変わらず綺麗ですね。ちょっとドキドキしました。うちの母ちゃんと大違いです、ほんと」
「嬉しい~コウタロウなんかそんなことヒトッコトも言ってくれないのよ!コウタロウととっ変えてくれない?私の息子になる?」
「はい、喜んで!」
素直な気持ち半分、ノリ半分で言葉にしたのに。
「そんなこと冗談でもいっちゃだめよ、本気にするじゃない」と真琴さん
「僕と兄弟でもいいの?」とコウタロウ
あの……そんなに二人とも真剣に聞かないでくれますか?
結局、そのあと真琴さんとコウタロウが料理にとりかかったので、俺は一人リビングでテレビを見ている。帰ってこなけりゃよかった。親や兄貴の前でコウタロウと一緒にいるシチュエーションには心臓が止まりそうだ。コウタロウが女の子、もしくは俺が女の子ならそんな気持ちにならないんだろうけど、今更ながら性別の壁ってやつを実感。
なんで帰ろうって言ったんだ?コウタロウ。俺、真琴さんに会わせる顔がないよ、もう会っちゃってるけどさ。
なんだか泣きそう。いつも以上に情けない、相変わらずな俺。
「おまたせ~~」
真琴さんの声とともにテーブルに呼ばれる。実にうまそうなものが皿にのっている!俺の大好物のコロッケだ!ポテトサラダもある。
「ごめんね、なんか芋ばっかりで」
「いえ、なにをおっしゃいます、真琴さん。芋じゃないです、これはポテトです!」
だってさ、芋がこんなデリシャスな装いになったら芋じゃないよね~
「いっただきます!」
さっきまでグズグズ悩んでいたけれど、喰い物が目の前にくれば話は別!箸でコロッケを掴むとサクって音がしたぁぁぁぁ。噛む前にサクってことは旨い、これ決まりです。パクリと一口。うお、なんだ、なんだ、この旨みは、甘辛で懐かしい味がするぅぅぅぅ。
「真琴さん、めちゃめちゃ美味しい!」
相当うっとりした顔だったらしい。真琴さんが笑いながら言う。
「昨日肉じゃがだったのよ。そのおだしごと芋やニンジンを潰してコロッケにすると美味しいのよ、なんかこんなので喜んでもらうとかえってね」
残りものがこんなことに!リメイクまで流石すぎる!
「なんだかほっとする味です」
母ちゃんのビンのスキヤキもそれなりだけど、なんかホットする、こういうの。コウタロウが作ってくれた中華粥もそうだった、ホットするのになんだかちょっと悲しくなる。
それって自分が、弱ってるってことなのかな、いや違う。後ろめたいんだ、きっと。
ポテトサラダも旨かった。カリカリのちっこいベーコンとクルミがはいってた。そんなポテトサラダ食べたことなかったからビックリ。キュウリもニンジンも辛い玉ねぎもリンゴも入ってなかった。もちろんミカンの缶づめ、真っ赤なサクランボも。
土鍋で炊かれた炊込みごはんもすこぶる旨かった。何もかもが美味しくて、全部悲しくなった。俺に用意されたご飯は、コウタロウが作ってくれるものと一緒で、体に良さそうで、優しい味がして、本当に美味しい。
俺は好きになった相手と、それをとりまく人達を不幸せにしているような、そんな思いが湧き上がってきて、とっても悲しくなった
「僕の住んでいるマンションの1階の角の部屋がさ、1LDKで、そこ空いたんだ。ちょっと聞いてみたら、今僕の住んでいる1ルームと同じ家賃で住めるらしい」
俺は自分の感情に埋没していて、コウタロウの言葉もとりとめないものにしか聞こえなかった。噛めば噛むほど、優しいコロッケにすっかりやられていたんだ。向かい側の真琴さんの笑顔とね。
「ちょっと、僕の話聞いてる?」
「あ~そこに引っ越したいのか?松田と手伝ってやるよ」
「さと?」
「なに?」
「僕と住んでくれない?」
俺の手から箸が落ちた。ドラマみたいに。漫画みたいに。
そんなことあるわけないじゃん、箸置くだろ?だよね?ヘンなの~さすがフィクション!なんて馬鹿にしていたのに。マンガのように俺の指が箸をこぼした。
軽い音をたてて箸がテーブルから床にころがって、拾わなくちゃと思うのに、俺は動けなかった。言いようのない感情のせいで体が動かなかった。
どうしてだよ!俺がコロッケをどんな思いで喰ってたかしってるか?なんでそんなことを俺に言う前に、こんな場所でいうわけ?この帰省が俺をどれだけ動揺させているのかわかってる?一緒に?なにそれ?なんで?
どうしてだよ……コウタロウ。
「間違ったわね、タイミングもなにもかも。あなたさとちゃんに何も言ってなかったでしょ?」
真琴さんの冷静で厳しい声がする。これほど動揺している姿を真琴さんに見せたことで、コウタロウの「一緒に住む」が幼馴染の同居と違う意味だということを知られてしまっただろう。
「ごめんなさい……真琴さん」
俺は絞るように、たったそれしか言えなかった。テーブルは急にテーブルから無機質な冷たい箱に変わった。3人が閉じ込められているみたいな感じ。自分のせいだ、俺さえいなかったら……その想いに潰れそうになる。
「さとちゃんは悪くないわ。悪いのはコウタロウ。あんた男として最低よ。外堀を埋めようとしたのか知らないけれど、私は外堀にも何もなりはしない。本丸を納得させないでいて、どうなるわけ?私はさとちゃんと同じ気持ちよ。ものすごく居心地が悪い」
真琴さん?でもわかるよ、俺はここにいちゃいけないね?帰る、隣の自分の家に。
「なんだかすいません真琴さん。これは俺のせいなんです…それ以上は言えないけど。それに…俺はそんな気はないし、あのごちそうさまでした。ホントに美味しかった……です」
椅子から立ち上がって逃げるようにして玄関に向かう。もうたくさんだ、明日札幌に帰ろう。松田と飲もう。そしたらきっと俺に戻れる。
「さと!」
後ろかコウタロウの声がするけど俺は振り向かない。
「困らせるつもりじゃなかったんだよ。さと!」
困っていないよ。ただね、俺、自分が嫌なんだ。なんでコウタロウのことになると、こう何でも複雑になるんだ?
「困ったわけじゃない、なんだかさ、ズレてるよ俺達。眼鏡を連れ込んだ時と同じだね。コウタロウって自分で決めて実行するよね。なんか俺、こっちに帰ってきて実はまいってる、すごく。そんで、またあの時みたいに、弱ってる」
俺はそれしか言えなくて、玄関をでた。追って来る足音は無い……あの時と一緒。
俺は誰もいない一軒家に戻って、自分の部屋のベッドに丸くなる。誰もこの家にいなくてよかった。
なんでコウタロウはああやって、自分で決めて俺に何も言わないんだろ。言ってくれれば七転八倒しながら俺だって考えるのに。俺って考えない人間にみえるのか?
傍にコウタロウがいなくて良かった。そんな風に思う自分が嫌だった。
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