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真琴さんとデート
暑くて目が覚めた。旭川は暑いのだ、盆地だしね。(夏は30度超えて、冬はマイナス20度を超える)
ボーとしてベットからむくりと起き上がる。今何時だろ。携帯の画面は6:00を少し過ぎたデジタル数字。
窓の外はすでに眩しい。扇風機をつけると、部屋の空気が動いて少しだけ涼しくなる。
メールが2つ。着信が5つ。全部コウタロウ。
隣だぜ?電話やメールより早くないか?来るほうが。でも実際コウタロウがここに来たら、昨日は対応できなかったろう。だからコウタロウの行動は見事に正解。重い気持ちでメールを見る。
『ごめん、さと。メールで色々いうべきことじゃないから、ここでやめる』
『おやすみ』
なんだか鼻の奥がツンとする。言いたいことがあったんだろうけど、途中でやめたんだな。俺もよくあるよ、そういうこと。決めた、俺今日帰ろう。松田に電話したら「さとしさんとお好み焼きが食べたいな」とかいってくれるかもしれない。「あ、松田?」って言っただけで、わかってくれる、あのジジイなら。
2階の俺の部屋の出窓に座りながら、窓をあけて外を見る。高い建物もそれほどないから空が青くて大きい。綺麗な空気がこれから暑くなるぞとエネルギーを蓄えているような、そんな朝。
結局さ、俺は自分の性癖を明かしていない事に心の底が引っ掛かっているんだろうな。相手が音楽の先生や見知らぬ誰かだと秘密ですむのに、皆が好きなコウタロウが相手になった時点で「隠している」ことの本当の意味を感じるから、こんなに居心地が悪いんだ。どっちかが女だったらね、こんなことにはなっていなかったよね。皆「よかったね」「仲良くね」そう言ってくれただろうな。
コウタロウは最初に逢ったあの日からずっとだと言った。コウタロウは子供の頃から一途だったかもしれないけれど、俺はそうじゃなかった。
コウタロウが好きだと気が付いて悶絶していたときが一番幸せだったかも。松田にからかわれて、バカみたいに笑っていた時の方がコウタロウのことが好きだったかも。
いや、違う……全然違う。
もっと好きなんだ。コウタロウが好きすぎて二人の問題だけじゃなくなって、周りのことまで考えが及ぶようになったんだよ。
コウタロウをとりまくすべてを俺の一部と考えてしまうようになったらこうなったんだ。嫁姑なんてバカにしてた、二人が好きなら大丈夫だろ?ばあさんなんて関係ないでしょって。
俺とコウタロウは好きだ惚れたでくっついてるけどさ、真琴さんはどうなる?俺真琴さん好きなのにさ、一人息子をさ……はぁぁぁぁ
頭の中で堂々巡りを繰り返してウンウン唸りながら窓辺にいた。顔がジリジリしだして、太陽が力を発揮しだしたからけっこうな時間だったのかも。
気持ちを切り替えるために冷たいものを飲もうかと腰を上げたら、隣の門扉が開いて真琴さんが外に出てきた。うわ!俺は瞬時に引っ込もうとしたのに、真琴さんは最初から上を見て門を開けてたんだ。
ニッコリ笑って「おはよ、さとちゃん。駅前のドトールでもいかない?」って。嫌って言える?だって俺真琴さんが好きなのにさ。
「お、おはようございます。おともします」
GパンをひっかけてTシャツをかぶる。急いで外にでたら早朝なのに綺麗な真琴さんがそこにいた。
「おはよう」
「昨日はごちそうさまでした、急に帰っちゃって…でもホントに美味しかったんです。真琴さんとも久しぶりに会えたし、嬉しかったのに、なんか、あんなことになっちゃって」
朝のせいか俺はシドロモドロ。帰省後ずっと続く気まずさがMAXです。
「さとちゃん早起きね、そんな気がしたんだ。とりあえず車に乗るわね」
真琴さんは角を曲がって大通りにでて車を止めた。僕は横に座りタクシーの窓から街をみる。意外と変わってないもんだな。
車をおりて真琴さんと俺はドトールに入った。
「えとね、わたしミラノサンド……あ、ごめんなさいクロックムシュにする。あとカフェラテ、アイスで。さとちゃんは?」
「俺ミラノサンドにします。あとアイスコーヒー、ああ!真琴さん、俺自分の分払いますから」
「なに言ってんの!年下に払わせると思うの?」
そういって笑った真琴さんはかわいくて素敵だ。俺の好きな顔。
「昨日はごめんなさい。途中で帰ってしまって」
「さとちゃんは悪くないわ、わたしだって話したいことが沢山あったのよ、さとちゃんとね。なのに台無しにしちゃったわ、あのバカが。
家に押しかければ拉致出来ると思ってね、早起きしたのよ私。なんとさとちゃんが窓のところにいるじゃない。うれしくなっちゃった」
こういうなんか、のほほ~~んと話すのはコウタロウとそっくり、いや真琴さんに似たんだね。俺真琴さんの向かいにいるのが少しシンドイ。真琴さんが好きだから余計に。
「さとちゃん、あなた自分を責め過ぎだわ」
「え?」
「自分が悪いって、そう思っているでしょ?」
「真琴さん?」
「たぶん、私の想像では、コウタロウは想いを遂げたのよね?」
「へ?」
「さとちゃんが迎えにきてくれたあの日から、コウタロウはさとちゃんの話以外は、ほとんどしなかった。思春期になったら変わると思った。たしかに減ったけど」
「減ったけど?」
「たぶん、その意味を咀嚼するのに時間がかかって、納得するまで随分考えた。でね、納得しちゃったから、あんな風になっちゃったのよ」
え~っと真琴さん?なに?え?真琴さんはカフェオレをのみながらパンをかじる。チーズたっぷりでうまそう、真似すればよかった。真琴さんが可笑しそうに笑ってクロックムシュを半分にちぎる。
「さとちゃん、そっち半分ちょうだい。私本当はそれを食べたかったのよ」
「なんで別のにしたんですか?」
「だって一応ね、男性の前で大口あけて食べるのもなにかなと思って」
真琴さんは僕の皿をとりあげて勝手に半分にして自分の皿に取ると、クロックムシュをのせてくれた。
「ほんとは食べたかったでしょ?」
ニンマリする真琴さん、何もかもコウタロウを連想させるから苦しくなってきた。俺って本当にダメダメだ。
「あの子はずっとさとちゃんが好きなのよ、ずっとね」
俺はビクっとした。自分の中身が背中から全部抜けて行くようなそんな気がしたよ。グワ~~~と背中から。
「え……と、あの」
「コウタロウもさとちゃんも男だし。でもだからってどうしようもないじゃない?結局ね、私はずっと10歳の頃からコウタロウのさとちゃん話を聞かされてきて。最初は少し考えたけど」
俺は穴を掘ってそこに潜りたいぐらいだった。俺の話なんかすんな!しかも10歳からってさ!
「私ね、主人が亡くなってからしばらくまるでなにも出来ない時期があったの。コウタロウの事も考えられなくて、ただただ寂しくて無気力だった」
頬杖をつきながら静かに真琴さんは話しだした。俺は口を挟んじゃいけない気がして黙って聞いた。
「半年以上そんな状態で、ある日コウタロウが本を一冊持ってきたの。読んで!って。あんまり自分の意志を強く出す子じゃなかったから、私驚いちゃってね。読むことにした。
そこには精神を病んだ父親をもつ女の子とお母さん、そして色々な人達が生きていた。最後、コウタロウが私に何が言いたかったのかわかって……一晩泣き続けたの」
コウタロウってそんな小さい時から本を渡すことしていたのか。俺だってあの一冊がなかったら、コウタロウへの気持ちにきがつかないままだったはず。
「それで心機一転、私は前進することにした。そしてさとちゃんの隣におうちを構えて、新しい生活をすることにしたの。そしてコウタロウはさとちゃんにめぐり逢った」
知らなかった、そんなことがあったなんて。
「よほど大好きな友達なんだと思ったわ。でもね私わかってた。この気持ちが友達にもつもの以上だってことを。コウタロウがどういう結果にもっていくのかわからなかったけれど、あの子頑固だから…。
10年以上かわらず、さとちゃん一筋だったってことでしょ?」
ことでしょ?って真琴さん?
「真琴さん、俺はいいんですよ。兄貴がいるし…でもコウタロウは一人息子だ」
真琴さんがストローでラテを飲みながら俺の視線を受け止める。
「バレンタイデーに女の子が何人かチョコもってきたけど。どの子もかわいくなかったわ」
ええと。そんなことがあったのですか。
「真琴さん!って笑うさとちゃんが一番可愛かったもの」
「へ?」
「今更知らない女の子を連れてきて彼女ですっていわれるより、私もさとちゃんのほうがいいの」
俺は真琴さんが何をいっているのか理解できなくて。でもとっても大事なことを言ってくれているのはわかるんだ。
「昨日のはまずいわよ、やり方がね。でもあの子なりに必死なんだと思うのよ。それだけはわかってやって」
「俺……嫌なんです」
真琴さんならわかってくれそうな気がした。
「どっちかっていたら俺がヤンチャだったのに、今コウタロウに守られているような気がすることが嫌で、自分は弱くなったのか?って。でもそれをちゃんと聞いてないし、コウタロウに。いや、そんなことはいいんです。
俺が、こんなんだから、コウタロウは普通でいてほしかった。それなのにそれをずっと守ろうとしてきたのに、こんなことになってしまって、真琴さんに申し訳なくて。
ほんとうに、ほんとうに……ごめんなさい」
俺、泣いちゃった。申し訳なくて。真琴さんに申し訳なくて。
「そんな程度だったらコウタロウに近づかないで」
俺の知らない真琴さんの声。え?俺はグズグズした汚い顔で真琴さんを見た。
「申し訳ない?じゃあ、諦めてくれる?って私がいったらコウタロウを解放してくれる?」
俺の知らない真琴さんの顔。コウタロウのカイホウ?友達に、幼馴染にもどるってこと?
もどれるのか?また違う誰かと心のない触れ合いをするのか?格好悪い嫉妬もないかわりに、温かくて涙がでそうになる事を忘れるのか?
トクントクン……互いの心の音を交換することも?
『こうやって腕のなかにさとちゃんを抱いているだけで涙がでそうになるんだ』
俺はそれを手放すことができるか?まずい、また涙がでそう。
真琴さんがくれたクロックムシュがのった薄い白い皿の端を握りながら俺はコウタロウを想った。無理だ……無理だ……コウタロウと離れるなんて無理だ。
「ごめんなさ……い。ごめんなさい……真琴さん、それは無理で……す」
皿を握っていた俺の手が優しく包まれる。
「よかったわ、それなら、安心」
「でも、俺、男で」
「そうね、でもね、いいわ、さとちゃんだったら。さっきもいったけど、今更知らない女の子とコミニケーションとるほど私も暇じゃないのよ、おばさんとかおかあさんとか言われるより、真琴さんってニコニコしててくれたほうがいいわ。コウタロウをよろしくね。
でもね、今回のことはスンナリ呑んじゃだめよ?さとちゃんを自分に固定する作業に焦っているから、色恋はそんなもんじゃないってことを教えてあげてね」
真琴さんは紙ナプキンにミラノサンドの半分を包んで手に持つと立ち上がった。
「朝早くにありがと、困ったら電話して。ちがうわね、たまには私にも電話してよ、さとちゃん。ほんとよ。私に電話して」
真琴さんは泣きっ面の俺の頬をキュっと引っ張ってトビキリの笑顔をくれた。コウタロウがくれる笑顔と一緒で、俺の心の底がチリチリした。
真琴さんがくれたクロックムシュは冷たくなっていたけど美味しかった。一口一口噛みしめながら食べたると心に沁みていくようだった。真琴さん……ありがとう。
俺はそのまま、JRに乗って札幌に帰ることに決めた。携帯と財布は持ってきたから。あとの荷物は何も言わなくてもコウタロウがかき集めて持って帰って来るだろう。自由席の切符を買ってホームで待ちながら松田に電話する。
「ごめん、朝早いよな。悪いけど今日泊めてくれる?」
「んあ~~あのさ、交互に電話はやめてくれる?」
ジジイ松田はそういった。コウタロウは先を越したってことか、別にいいや。
「俺の彼女との素敵時間はどこに?」
「いつも悪いな。迷惑ばっかりかけてさ」
「気にすんな。到着時間メールしといて。俺もうちょい寝るから」
返事もせずに切る。切ることが返事になるんだよ、俺はこれがコウタロウにもほしいけど無理だろうな。今、松田に無性に会いたい。
草っぱら、草っぱら。そんな車窓を見ていたら電話がなる。乗車中に電話鳴らしているのって無神経君みたいじゃない?そうだよね。
かけてきたのは、やっぱりコウタロウ。しょうがないからデッキまで移動して受ける。
『さとちゃん?』
ゴーゴーガタンゴトンの轟音で聞こえない。
「あ~ごめん、聞こえない、あとでいい?」
電話って機械だし、こんなのコウタロウじゃない。コウタロウは松田に電話するだろうから俺が札幌に向かったことは伝わるだろう。
席に戻って寝ることにする。今は横にコウタロウがいないから、乗り物酔いしても誰も助けてくれない。
腕を組んで窓ガラスに頭をよせて目を閉じた。
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