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出会い①

「おーい、橋下(はしもと)っ!朝イチで頼んだ書類できてるかっ?」 「はいっ!6部準備して袋詰めしてありますっ!」 「おっ、流石だな。お前に任せたら安心だよ。サンキュー! 高嶺、車回してあるか?うんうん、お前も出来る奴だな。 じゃあ、行って来るわ。」 「はい、お気を付けて。」 いつものように慌ただしく中田部長が高嶺さんを引き連れて出て行った。 バタン ドアが閉まり、ホッと一息付いて椅子にへたり込んだ。 一瞬開いたドアからの甘い香りが鼻を擽った。 その瞬間ぶわっと身体を駆け上がる熱と甘い香り。 えっ?この香り…知ってる…あの時の? マズい。発情期?まだそんな時期じゃないはずなのに。仕事が詰まって忙しすぎて、ストレスで周期がズレてしまったのか… 慌てて鞄を漁り、ピルケースを取り出すと錠剤を口に含む。 水で流し込んで2、3分経つと、先程の熱が少しずつ治まってきた。 みんな出払っててよかった。急いで窓を開けて部屋の中を換気する。涼やかな風が瞬時に二つの甘い香りを吹き払ってくれた。 この厄介な身体。 男のΩなんて… あぁ、ダメだダメだ。こんなネガティブなこと考えちゃ。 さ、残りの仕事を終わらせて今日は早退しよう。明日からの休暇申請しとかなくては。 片付け始めたその時、いきなりドアが開いた。 雪崩れ込んでくる強く濃く狂おしい香り。 ノックもせずに乱入してきた男を凝視する。 この人は…どくんと心臓が高鳴った。頭から足のつま先まで、電気が流れたような衝撃を受けて立ち竦んでしまった。 圧倒的な力で俺を支配しようとする、先程よりも濃くて甘く華やかで愛おしく切ない匂いを150%の理性で制しながら、やっとの思いで声を出した。 「あの…?申し訳ありませんが皆外出しておりますが、お約束でも?」 俺の質問にも答えずにじっと俺を見つめている。 彼から更に濃い匂いが雪崩れ込んできた。 社内でも今まで見たことのない彼は… 身長は俺より頭一つ分高く、切れ長の目に力強い瞳。この目…どこかで見た覚えがある…鼻筋の通った彫刻のような顔。綺麗… 見るからに仕立ての良いスーツに身を包み、靴もブランドものだろう。

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