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第4話 (3)

*** 「……おかしい。絶対におかしい!」 昼休み時間。志津は男子トイレの個室に篭っていた。お腹が痛くて険しい顔を浮かべているわけではない。 『次の授業は移動教室なんだね』 『今日は合同体育だね』 なぜかすれ違う度、頻繁に声を掛けられる。今までは、すれ違っても視線を追うだけで見向きもされずにいたはずなのに。 『可愛いと評判の亘理雨音が不良に話しかけている!』 周りからヒソヒソとした声で囁かれているのが耐えられず、トイレに逃げ込んだ所だった。 周りもおかしいと思える程の事態が、朝から起きている。考えることが苦手な志津は、相談しようにも蒼生達はニヤニヤとした顔で状況を楽しんでいるだけ。 「なんでだ。分からない。もしかして、俺に気がある……とか?いや、そんなわけないだろっ!」 あらゆる考えが走る。話せて嬉しいはずなのに、ただ、違和感の方が大きかった。 そして、放課後。 あのまま授業をサボっていた志津はたっぷりと担任に怒られて、もう誰もいない夕陽が指す教室に鞄を取りに来ていた。 「小泉くーん」 今日もっとも多く聴いた女子の声に、肩がビクリと上がった。 「わ、亘理さん。どうしたの?」 驚いた志津の声は、浮つく。 志津がどんな思いでいたのかなんてつゆ知らず、雨音はゆっくりと教室の中へと踏み込んだ。 「小泉くん、私、聞きたい事があって」 「聞きたい……こと?」 (もしかして、それで頻繁に話しかけていたのか) 今日1日の行動に、確信を持つ。雨音は可愛らしい笑みをクスリと浮かべた。 「五十嵐先輩のことなんだけど……」 「あーまーねー」 言葉を遮って雨音の背後に幾分と体格差がある人物が立った。雨音は振り向いて五十嵐総司の存在を確認すると、総司の腕の制服を掴み血相を変えて顔を強張らせた。 「だって私、私は……!総司のことを心配して……!」 「雨音。雨音には悪いけど、俺がどんな行動をしようが干渉はしないで欲しい」 「でもっ……!」 総司と雨音の視線が絡み合う。総司の切なく揺れた瞳に雨音は言い返したかった言葉を呑み込んだ。するりと掴んでいた手を放し、冷静な判断をつけた息を吐く。 「今日は早く帰るよう、言いつけられたわ」 「分かった」 総司は頷くと、ただ二人のやり取りを見ていることしかできなかった志津に視線を向ける。 「ごめんね、志津。せっかく一緒に帰る約束したのに、今日はこのまま帰るよ」 「あ、ああ……うん」 雨音はその場を立ち去る総司を追いかける前に少しこちらを振り向き、冷たい視線を送られた気がした。 「結局、なんだったんだ」 志津はどっと疲れて机の上に腰を下ろした。二人は知り合いで、互いに呼び捨てで親しげで、入る余地も無かった。 ただ、今は――。 「なんでだろう、頭と、心臓がズキズキする」 素直に言えば、取られそうで寂しい気持ちになっていた。好きな子と、付き合っている先輩と、どちらに対してなのかはまだ分からない。 志津は胸の辺りのシャツをくしゃりと握りしめた。

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