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第4話 (2)

✱✱✱ 「小泉くん、おはよう」 登校時間がピークを迎え、沢山の生徒が行き交う教室前の廊下。はきはきとした口調で、可愛らしい声の持ち主に挨拶をされた。 「お、おはよう」 相手の顔を見て志津は驚き、やっと返した声が不本意にも裏返ってしまう。密かに想いを寄せている女子、亘理雨音(わたり あまね)だったのだ。今日の彼女は髪を下ろし、大人っぽくも見える。 「この香り……とても品の良い香水をつけているのね」 雨音は志津の襟元に顔を寄せて、スンと鼻を鳴らした。近い、と思い志津はその場で硬直してしまう。 「これは、その…」 先輩の残り香だ。朝っぱらから後ろから抱き締められていれば、嫌でもつくだろう。どう言い逃れようと頬を染めて上手く喋れないでいると、雨音はニッコリと微笑んで教室に入って行った。 「なん…だったんだ…?」 ドキドキと心臓は早打ちしている。勇気を振り絞って自分から話しかけた事はあったが、彼女から話しかけられたのは初めてだ。素直に嬉しいと思ってしまう。 「顔がニヤけてるぞ」 その様子を教室の中から見ていた蒼生が、廊下に出てきて面白がるように言ってきた。 「に、ニヤけてなんかねーし!」 志津は誤魔化そうと、思い切り自分の頬を叩いた。痛そう、と蒼生の顔が引き気味に見えたが、口元に真新しい傷がある事に気付く。 「また喧嘩したのか?」 志津が訊ねると、蒼生は眉を下げて悲しそうな表情を浮かべた。 「聞いてくれよ志津~。これは空太から暴力を受けて〜」 「誰が暴力だって?」 蒼生がうだうだしている所に、登校してきた空太が会話に割って入ってきた。 「愛のムチと言え。また蒼生が喧嘩しに行くって言うから止めようとして平手打ちしたら打ち所悪かっただけだろ」 「ひ、平手打ち!?」 志津は間に挟まれている立ち位置で、蒼生と空太の顔を交互に見た。 「どっちにしろ、お前のせいで怪我増えたし」 蒼生はむすっとした。空太はため息を漏らす。どうやら二人は仲違い中のようだ。 「蒼生は大事な・・・・・・、友達だから。喧嘩は良くないし、怪我とかあんまして欲しくない。今にも飛び出して行きそうだったから、急いで引き止めようとしたら先に手が出て・・・・・・ごめん」 空太は怪我をさせた事に対して詫びるように、頭を軽く下げた。蒼生も空太の姿を見て、いつまでも怒っているのが恥ずかしく思えた。 「俺も悪かった。空太の心配してくれてる気持ち、ありがとな。でもさ、俺にばっか説教して志津にはなんも言わないのは不公平ー」 蒼生はじと目で志津を見た。 「志津は、最近先輩にベッタリだから割とどうでもいい」 「待って。俺も大事な友達に加えて」 どうでもいいと言われ、志津は軽くショックを受ける。 「だってマーキングまでされてんじゃん。先輩の匂いするし」 蒼生は口を尖らせた。蒼生は三人で一緒にいる時間が減り、寂しく感じていた。 「そんなに、匂うか?」 「近付けば、微かだけど匂う。そんなに密着するようなことしてるの?」 空太は雨音と同じように鼻を近付けて、スンと鳴らした。 「えっ!?」 蒼生と空太から怪しむような視線を向けられて戸惑う。大事な部分を握られて、あんなことやこんなことをされている事を思い出してしまい、顔がぽぽぽっと熱を帯びた。 「おーい、お前ら。早く教室に入れよー」 低い声が廊下に響いて耳に入る。先生が気だるそうにペタペタとサンダルを鳴らして歩いて来た。担任の先生は無精髭を生やしているが、若い方だ。ただ、何かと口煩い。 志津たちは急いで自分の席に着いた。 朝から顔が熱くなるような事ばかりだ。志津は机の中から下敷きを取り出し、顔を仰いだ。

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