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1.挑戦状
「勇人、難しい顔をして…どうしたんですか?」
「…あ、ああ。渚か。ちょっと考え事をしてただけだから気にするな。」
靴箱の前で怪訝な顔をして考え込んでいる焦げ茶の髪の少年…勇人に渚は心配そうに声を掛けた。勇人はふいっとそっぽを向いて答えた。
少し焦りを感じさせる反応に渚は不思議に思ったが、特に大した事でもないと言う様子の勇人に深く聞く事はなかった。
渚がアッシュに近い薄い色素の綺麗な髪を揺らし、口に手をあて考え込むポーズをして憶測しようとしていると
そんな事より帰るぞ、と勇人は渚の手を取り家路を辿ろうと校門へ向かった。渚は顔を上げ手を引かれるままに校門に向かった。
「渚、課題は進んでるか?俺はさっぱりだ。最近の数学は特に難しくないか?」
「数学なら得意なので教えましょうか?僕も帰ったら課題をする予定だったので…。」
丁寧に答える渚の言葉に、どんより落ち込んで見せていた勇人の顔はぱあっと明るくなった。
「渚、お前は頼りになるな!…でも、お前みたいな成績優秀な奴が俺みたいなのに付き合ってていいのか?」
「勇人の為なら構いません。課題が終わったら他にする事もないですし…勇人と遊びたいです」
勇人は不思議そうに渚を見たが渚は柔らかな笑顔を勇人に返しただけだった。その笑顔には潔白とか純粋という言葉が良く似合うだろう。
「お前は昔から変わらないな…そんなに俺と遊ぶのが面白いのか?遊ぶって言ってもゲームとトランプくらいしかないぞ?」
「楽しいですよ、勇人と遊ぶのはだって…」
ふっと懐かしむように笑い質問する勇人に渚は目を細めて笑う。
「…なんだ?」
「なんでもないです。さあ、勇人の家に着きました。鍵を開けないんですか?」
言いかけて止める渚に勇人が首を傾げて尋ねると渚はいつの間にか辿り着いていた家の玄関に立ちにこりと笑い勇人を見た。
「なんだそれは…、お前はこう見えて頑固だからな。深く聞いても意味が無さそうだ。」
にこりと笑う渚に勇人はため息をついてドアの鍵を開け開いた。
「勇人、相変わらず家が汚いです…。掃除はしないと駄目ですよ?」
家に入ると彼女か母親の様な様な台詞を言って勇人の部屋に渚は向かった。子供の頃からよく遊びに来ていたからか慣れたものだ。
「部活で疲れてそれ所じゃないからな、歩けるから問題ないだろ?」
特に気にもしない様子で床に散らばったものを避けながら廊下を進み勇人も部屋に入った。
それにしても、もう二人ともいい年頃なのに女の話が全くと言って良いほど出ない。
勇人はテーブル越しに座った渚を荷物を置きながらちらりと見た。女性と間違われてもおかしくない程の繊細な顔立ち…色素の薄い猫毛に加えて肌が白い。
渚という幼馴染が女だったら彼女になってくれたのか…そんな事をぼーっと考えていたら渚と視線が合った。
「勇人、どうしたんですか?」
その声にはっと我に返る。低すぎもしないが女性の声とは違う綺麗な透き通った声。変な事を考えていた自分が勇人は居た堪れなくなった。
「あ、ああ…ちょっとぼーっとしてただけだ。気にしないでくれ。」
「…勇人、さっきもぼーっとしていましたけど、何かあったんですか?」
焦りを見せる様に勇人は視線を逸らした。先ほどロッカーで勇人がとった反応と少し違うとは感じたが渚は少し心配になり理由を尋ねた。
それを聞いて勇人の表情が曇る。幼馴染を彼女に例えている場合でも課題をしている場合でもない。勇人は思い出した。
脅迫状が、勇人の靴箱に入れられていたのだ。思い出すのもおぞましい内容の脅迫状が。
「あ……いや、なんでもない。…それより課題を教えてもらわないとな!」
そう言った勇人の表情は青ざめていた。動揺しているのか僅かに唇が震えている。
「勇人、嘘はだめです。ちゃんと話してください。」
渚は何かあったのだと核心をした。付き合いが長いのだ、多少の変化も渚は見逃さなかった。
勇人は真剣な渚の表情に観念したのか、鞄にしまっていた脅迫状を渚に見せた。
「お前だけだぞ、こんなものを見せるのは。ああ~情けない。こんなものを送りつけられるなんて情けなさ過ぎる…」
「きょうはくじょう…?」
渚が紙切れを受け取り目を通すと上の方に脅迫状…と書かれている。大胆な脅迫状だ。
しかし内容は悪質なものだった。
『明日の午後に校舎裏に来い。服装は女子の制服で来る事。逃げ出した場合はお前の家に火をつける』
それを読んだ渚は絶句してしまった。内容は確かに恐ろしい。恐ろしいが…幼稚で滅茶苦茶だ。
「勇人…勇人はどうするんですか?」
「行くしかないだろう…!家に放火されるんだぞ…!怖いじゃないか!」
…ああ、この子は馬鹿だ。渚は苦笑していた。
「落ち着いてください、勇人。こんなおかしな脅迫状に振り回されなくていいです。家に火をつけられるのは確かに困りますから…一緒に犯人をやっつけましょう。」
「いいのか?でも…お前も女子の制服を着ないといけなくなるんじゃないのか?」
「着なくていいようにやっつけるんです。大丈夫、勇人は僕が守ってあげます。」
的外れな事を言う勇人に呆れる事もなく渚は言った。大丈夫、と続けた言葉は見た目と反して力強く…勇人は何故かとても安心した。
そうだ、昔もこんな事があった気がする。渚はいつも穏やかに微笑みながら隣にいて守ってくれた。
「生まれの早い俺が守ってやりたいんだが…今回ばかりはお前に協力してもらうとしよう。」
むすっとしながら勇人は腑に落ちないといった様子だ。そんな勇人の頭を子供をあやす様に渚は撫でた。
「ふふっ、勇人は可愛いですね。」
渚に撫でられるのはいつもの事だが勇人は違和感を感じた。聞きなれない言葉を言われたような…
「今、なんて言ったんだ?」
「さあ、なんでしょう?それより勇人、課題を済ませてしまいましょう。それと僕、喉が渇きました…」
話を流されてしまい喉が渇いたという渚に飲み物を用意する為部屋から勇人は出て行った。
「ちょっと待っていろ、お前の好きな炭酸を持ってきてやるからな!」
部屋に一人になった渚はひとり呟いた。
「勇人…昔と何も変わらない。変わったのは僕だけでしょうか…?」
『貴方が…、好きです。』
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