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2.決戦

「ふあ~、眠いな…。」 昨日は渚に付き合って遅くまでトランプとゲームをしていたから少し寝不足だ…。 いつまでもだらけている訳にはいかない、頬をぱん、と両手で叩いて俺は気合を入れた。 しかし、いつもの見慣れた教室の風景は余計に眠くなる…。 俺は机に突っ伏して眠ろうとしていた。放課後には校舎裏に行かなければいけない。 放火するという物騒な脅迫状が頭を過ぎった。女装して行くのは親友である渚のお陰で何とか避けられたが、物騒な相手に合わなければいけないのは変わらない。 なんでこんな事になったのだ…、女装した姿を見せろなんてよっぽど俺に恨みがあるのか…? 突っ伏してぼうっと昨日の事を思い出していると誰かに肩を叩かれた。 「勇人、放課後に皆でサッカーしようぜ!人数足りなくて困ってんだよ~、参加するだろ?」 俺が顔を上げるとクラスメイトの広瀬が立っていた。肩を叩いたのはこいつの様だ。 「悪いな…寝不足気味だから今日はパスする。また誘ってくれ。」 誘いを断ると広瀬はあんまり無理すんなよ?と言って他のクラスメイトを誘いに行った。 寝不足もあるが俺はそれ所じゃないんだ。女装して行くという条件を破るのだ…間違えば家に放火される。 俺ももう高3だしそれなりに体格は良い方だと思うそんな俺に女装しろなんてよっぽど恨みを買っているのか…。 そんな事を突っ伏しながら考えていたら今度は聞きなれた声が俺を呼んだ。 「勇人、」 俺は顔を上げた。そこには渚が立っていた。この親友である渚は俺を放火の危機から救ってくれるらしい。 「昨日は眠れましたか?…今日の放課後は帰る支度をして教室で待っていてください、僕が迎えに来ますので。」 渚は隣のクラスだから校舎裏に行く為の待ち合わせをするのだろう。俺は頷いた。 「じゃあ、放課後、教室で待ってるな?」 「はい、待っていてください。」 こんな緊急事態だというのに渚はいつも通り笑顔を俺に向けるし落ち着いている。そんな渚に俺は少し緊張感が緩んだ。 ---------------------- 放課後になり俺と渚は校舎裏に出向いた。そこにいたのは一人ではなかった。 「なんで…5人もいるんだ?」 俺は血の気が引いた、こんな人数…二人では到底適わない。 リーダーの様な体格のいい男が俺に近づいてくる。……駄目だ、怖い。 そこに動向していた渚が割り込むように入り、男をじっと見た。 「おまえは勇人の友人だな?付いてくると思ったがお前は賢そうだ、おれの目的は解るだろう?」 先に口を開いたのはリーダーの様な男だった。何故か常に気味の悪い笑いを浮かべている。 「勇人に、何の用件ですか?こんなに人数を集めるなんて…よっぽど大事な用事なんでしょう?」 渚は冷静だった。薄い笑みを浮かべながら男に問いかける。 「用件か、可愛らしい顔してやがるから暇つぶしに本当に男なのか確かめてやろうかと思ってなぁ~?」 男は気味の悪い笑い声を上げて俺と渚を愉しそうに見た。何を言っているのかわからないが…危険だという事だけは体中の神経が警告を出している。 「お前も女みたいな顔してるじゃねぇか、一緒に遊ぶって言うなら放火は勘弁してやってもいいぜ?」 渚を舐めるように男は見て笑った。俺は恐怖のせいか身体が固まって身動きが取れない。怖い…。 でも、このままじゃ俺も渚もこいつらに…何かされる。 俺の後ろにいた男の仲間の一人が俺の腕を掴んだ。 「……ッ?!」 俺は声にならない声をあげていた…情けない。 「勇人…!」 流石の渚もこの状況には太刀打ち出来ないかもしれない…俺は目をぎゅっと瞑った。 俺の腕が男に引き寄せられる瞬間俺の頬を鋭い風が走った。 ドッ…!! 俺が目を開けるとそこには股間をおさえて倒れこんでいる俺の手を引いた男の姿…。 驚いている間も無く俺は抱き寄せられていた。……渚に。 「勇人…、僕の傍を離れないで。」 顔を上げるといつもの穏やかな表情とは別人のような表情をした渚がいた。 「やれ、手加減するな!」 リーダーの男が指示をすると一斉に四人の男が渚に飛び掛った。 俺は言われた通り渚の背後にぴったりくっつく事しか出来ない。 バキ…! ドカ!! 渚は軽々と男を避けては急所に蹴りを入れていく。 あまりに素早い身のこなしに俺は目を奪われていた。 でも、身のこなしよりも脳裏に焼きつくのは渚の表情だ。凍るような冷たい目はいつもの渚とは別人みたいだ。 そういえば小さい頃に格闘技を習っていた期間があったと聞いたがここまでなんて…。 俺が唖然としてその光景を見ているといつの間にか残ったのはリーダーの男だけになっていた。 渚が男に歩み寄る。 男は圧倒されたように後ろずさった。 「変な事を考える頭って要らないですよね?何も考えられなくなるまで痛覚を味わってみるのも面白いと思いませんか?」 「どういう意味だ?」 男は怯むが唸るように言った。強気だ。 「言葉の通りですよ?また、こんな事が起きたなら…次は味わってもらいますから。」 渚は胸ポケットからナイフを取り出して男の顔面に突きつけていた。 笑顔でひたひたとナイフを男の頬につける渚には狂気すら感じた。 「ひっ…ひあぁああ!!!」 男は青ざめて走り去って行った。当たり前の反応か。 「…なぎさ?」 ナイフを片手にする渚の後姿を見ながら俺は恐る恐る声を掛けた。情けないがその声は震えていた。 「勇人、貴方が無事で…良かった。」 不意に渚に抱きしめられる。小さい頃は俺の方が身長は高かった筈なのに…今はすっぽりと渚の胸に俺の身体は埋まってしまった。 「渚、なのか?」 俺はさっきまで見ていた光景が信じられなくて無意識に尋ねていた。 「違う人に見えますか?僕は僕ですよ。…勇人、震えていますね。」 ぎゅっと更に強く抱きしめられる。男に抱きしめられているというのに何故か抵抗はなかった。あんな事の後だからか、寧ろ心地が良い。 「震えてなんかないぞ、こんなのどうってことないからな!」 俺はいつもの様に強がって笑って見せた。情けない所は誰にも見せたくなんかない。それが親友の渚でもだ。 「怖かったでしょう…もう、大丈夫です。勇人。もう、貴方をいじめる悪い人はいません。」 抱きしめられたまま頭を撫でられると俺は気が緩んで…渚にしがみついていた。 「素直で可愛いです、勇人。泣かないで。」 俺は泣いているらしい。頬に流れた涙を柔らかいものが拭った。 …視線を渚に向けると、柔らかな笑みを浮かべた渚が俺を見ていた。 流れる涙をすくう様に渚は俺の頬に口付けた。もしかして…さっきのは渚の? 「なにをしてるんだ…?渚?」 「涙が止まるおまじないです。」 ちゅっ、ちゅっ、と何度も口付けられる。何故か嫌ではなかった。…相手が渚だから、か? 俺と渚は男同士だ、こんなのあり得ない。 思い切り頬を抓ってみたが痛いだけだった。 「ふふっ、疲れたでしょう?そろそろ家に帰りましょうか、勇人。」 いつもの穏やかな笑顔を向けて渚が言う。そうだ、俺は疲れているんだろう。 俺の手を引いて渚が歩いている、歩いている感覚がないくらい混乱しているらしい。気が付けば俺は自宅の中に一人で入っていた。 荷物を置き自室のベッドに倒れこむように横になって俺は眠った…。

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