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聡の誕生日 1

その日は聡の誕生日だった。 佳暁様の誕生日には三人それぞれにプレゼントをしたので、聡にも用意した方がいいのかと護に聞いてみると、聡と護の誕生日は佳暁様がプレゼントをくれるだけで、お互いに何かやりとりすることはないという。 佳暁様の誕生日は外食だったが、今回は聡の希望でオレが夕食を作ることになっていたので、そちらの方に力を入れることにして、オレもプレゼントは用意しないことにした。 聡が佳暁様に高級ワインをねだっていたのを知っていたので、夕食は思い切ってフランス料理風のフルコースにした。 佳暁様はどちらかと言えば、ごく普通の家庭料理やオムライスやハンバーグなどの子供が好きそうな料理を好まれるので、そういう改まった料理を作る機会はほとんどない。 だから今日はかなり緊張したが、前菜から順番に一皿ずつ出した料理は幸いみんなに好評で、オレはほっと胸をなで下ろしたのだった。 最後のデザートとコーヒーを出してから、ようやくオレも席に着いた。 今日のような形式の食事だとさすがにみんなと一緒に席に着く余裕はなかったので、オレだけ今から食事だ。 すっかり冷めてしまったがなかなか美味しいと心の中で自画自賛していると、佳暁様が小さくため息をついたので、もしかしてデザートがまずかっただろうかと心配になって佳暁様の方を見た。 「健太はこういう料理も作れるんだね。  ちゃんとしたフルコースだったし、すごく美味しかったから、こう言っては失礼だけど驚いたよ」 どうやら佳暁様のため息は悪い意味ではなかったらしい。 オレはほっとして、佳暁様に答える。 「ありがとうございます。  フルコースなんて専門学校の実習以来だったので正直不安だったんですけど、そう言っていただけて安心しました」 「謙遜しなくていいよ。本当に美味しかったし。  二人もそう思うでしょ?」 佳暁様が聡と護の方を見ると、二人ともうなずいた。 「はい、美味しかったです」 二人を代表するように今日の主役の聡が答えると、オレの方を見て微笑む。 「美味しかったし、それにオレが好きなものを選んでくれたんだよな。  嬉しかった」 確かに今日のメニューは聡の好みに合わせて、食材や味付けを工夫している。 今みんなの前に出ているデザートのチョコレートケーキだって、いつもよりもぐっと甘さ控えめだ。(その代わりに佳暁様とオレの皿には、甘い生クリームを添えてあるが) 佳暁様の舌に合わせているいつもの料理とはまったく違うので、聡の舌に合わせてあるのはすぐにわかるだろうが、改めてそう言われるとなんとなく照れくさい。 「それは……今日は聡が主役だし……」 「うん、それでも嬉しかったんだ。  理由はどうあれ、お前が俺のために心を砕いてくれたのが」 そういう聡の目つきは完全に口説きモードだ。 聡はこんなふうにふとした時に、オレのことが好きだとアピールしてくる。 それは別に嫌ではないのだけれども、そのたびにオレが聡の告白への答えを引き延ばしていることを意識させられて、あせるような困るような気持ちにさせられる。 オレがいつも聡が口説いてくる時と同じように固まっていると、佳暁様がこほんと咳払いをした。 「そういうことは、健太と二人きりの時だけにしておくようにね。  健太が困っているよ」 「はい、すみません」 佳暁様がそういうと、聡はあっさり引いた。 オレが困ってしまうのは聡と二人だけの時も同じなのだが、そこは黙っておくことにする。 「それで、話を戻すとね。  健太はやっぱりうちで家政夫をしているよりも、どこかのレストランに勤めた方がいいのかなと思ってね」 「えっ……それってまさか、オレ、クビってことでしょうか……?」 オレが愕然としていると、佳暁様はちょっと笑った。 「もう、今の話の流れでどうしてそういうことになるの?  僕だって別に健太に辞めて欲しくはないよ。  けれど、健太はもともと、料理人になりたかったんでしょう?  実際これだけの料理が出来るんだし、僕たち三人のためだけじゃなくって、もっとたくさんの人のために料理を作りたいんじゃないかって……」 「そんなことありません!」 思わず、オレは佳暁様の言葉をさえぎっていた。 「あ、すみません……」 「ううん、いいよ。  それより健太はどう思ってるの?」 「はい。  確かにオレ、以前はたくさんの人に喜んで料理を食べてもらえるような料理人になりたいって思ってました。  定食屋でバイトしてた時も、自分が任せてもらえた料理をおいしいって言ってもらえるのが一番嬉しかったです。  でも……、その時よりも、今、三人においしいって言ってもらえる時の方が、ずっとずっと嬉しいんです。  オレ、本当は、たくさんの人に喜んでもらいたいんじゃなくて、自分の身近な大切な人に喜んでもらいたかったみたいで……」 思い出してみれば、一番最初に料理人になりたいと思ったきっかけも、オレが育った施設にいた頃に職員さんが料理をする時に手伝ってほめられたり、年下の子供たちがその料理をおいしいおいしいと言って食べるのを見て嬉しいと思ったからだった。 それをオレは単に多くの人が喜ぶのが嬉しいと勘違いしてしまったのだが、実はそれは不特定の誰かではなく、毎日一緒に暮らしている人に喜んでもらえるのが嬉しかったのだと、今、こうして一緒に暮らす三人のために料理をしていて、ようやくわかるようになった。 「だからオレ、出来ればこのまま家政夫として働かせて欲しいです。  まだまだ料理も他の家事も一人前じゃないから、本当は外で修行した方がいいのかもしれないけど、そうするとここで三食全部作るのは無理だろうし、掃除とかも手が回らなくなりそうだから……。  オレは聡と護みたいに佳暁様の仕事をお手伝い出来るわけじゃないから、自分が好きでやってる家事だけでお給料をもらうのは申し訳ないと思うんですけど……」 「いや、それは気にしなくていいんだよ。  健太が家のことをちゃんとしてくれているおかげで僕たちも仕事に専念できるんだから、健太がやってくれている家事もお給料をもらう価値があるきちんとした仕事だからね。  けど、もしも今後どこかで修行したいと思うことがあったら、遠慮しないで言ってくれていいからね?  僕も健太のご飯が毎日食べられるのは嬉しいけど、それよりも健太が好きなことをして生き生きしている方が嬉しいからね」 「はい、ありがとうございます。  今はここで働くので精一杯だけど、もしいつかそうしたくなったら、その時はお願いします」 オレがそう答えると、佳暁様は満足したようにうなずいて、それから食べかけだったケーキを一口食べた。 「うん、このケーキ、本当に美味しい。  この生クリームともまた、よく合うんだよね。  せっかくだから、聡と護もちょっと生クリームで食べてみたら?」 「そうですね……。  生クリームでケーキを食べるのもいいのですが、どうせならあなたと健太を生クリームで食べてみたいですね」 「はああ?!!!」 すました顔をしてとんでもないことを言い出した聡に、オレは思わず大声を上げる。 「聡ってそういう趣味があったの?  知らなかったな」 佳暁様はそう言うと、くすくす笑った。 「まあ、今日は聡の誕生日だし、たまにはそういうのもいいかもね。  健太、まだ生クリームって残ってる?」 「ええっと……はい、ありますけど……」 あるどころか、たまたま安かったので近いうちに料理に使おうと思って2パック買って来てしまったので、あれを全部泡立てれば、生クリームプレイには十分すぎる量だ。 「じゃあ、準備はお願いするね」 「はい……」 生クリームプレイなんて勘弁して欲しいけど、佳暁様が乗り気になってしまった以上、今夜やるのは決定事項だ。 せめてもの抵抗に聡をにらんではみたが、聡はそれさえも面白がるようににやにやと笑っているだけだ。 仕方なくオレはため息を一つついて、長くなりそうな夜に備えるために、途中だった食事を再開した。

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