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エピローグ 2 ~護の場合~
シャワーの音が止んだ。
まだそう時間はたっていなかったから、どうやら今日は時間をかけて準備をする必要がないということらしい。
何となく眺めていたテレビを消して護が立ち上がると、バスルームのドアが開いた。
「今日はもう寝るか?」
「うん、そうだね」
護の問いかけに、ホテルに備え付けのパジャマを着た風呂上がりの佳暁がうなずく。
普段は護にとって上司であり、恋人としても崇め奉るような存在である青年は、こうして二人きりの時だけは護と対等な恋人に姿を変える。
最初に佳暁から「二人きりの時は敬語はやめて欲しい」と請われた時には驚いたものだが、彼がそれを欲する理由もまた想像することも出来たから、護はその願いを受け入れた。
名家の出で、生まれながらにして『主人』である彼にとって崇め奉られることは必要だが、同時にまた、ただの『人』として扱われたいこともあるのだろう。
それは佳暁が生まれた時から使用人であった聡にも、純粋に佳暁のことを信奉している健太にも出来ない、護だけが佳暁にしてやれることだ。
そう思うと、別に聡や健太に勝ちたいと思っているわけではないが、男としては多少の優越感を覚える。
ツインルームのベッドのシーツをめくって横になると、同じベッドに佳暁が潜り込んでくる。
やはり予想した通り、今夜の彼はこのまま何もせずに眠ってしまうつもりらしい。
過去のトラウマから性依存症になっており、誰かとセックスしてからでなければ眠れなくなっていた佳暁だが、最近は護と二人きりの時に限ってだが、こうして何もしなくても眠れる日も増えてきた。
それは出張中で体が疲れているからということもあるのだろうが、それ以上に佳暁が精神的に安定してきたということが大きいのではないかと思う。
佳暁がセックスなしで眠れるようになったのは、健太が抱かれる側になってしばらくしてからのことだ。
もしかしたら佳暁は、どんなに無茶を言ってもそれを受け入れてくれる健太の存在に救われているのかもしれない。
俺や聡には、健太のようにすべてを佳暁にさらけだしてゆだねるようなことは出来ないから、健太が佳暁のことを好きになってくれて、そして抱かれる立場に目覚めてくれて、本当によかったと思う。
「そういえば、もう普通に眠れること、聡や健太には言わなくていいのか?
たぶんもう、出張先でなくても眠れるだろう?」
前から少し気になっていたことを聞いてみると、佳暁は「そうなんだけど……」と口ごもった。
「……やっぱり、もうちょっとだけ内緒にしておいて。
そのうちに、ちゃんと言うから」
「そうか、わかった」
俺がそう答えると、佳暁は俺の胸にぎゅっと顔をくっつけてきた。
「二人にもちゃんと言わなきゃいけないとは思っているんだ。
けど言ってしまったら、二人はもう僕とセックスもしてくれないだろうし、恋人でもいてくれなくなるだろうと思うと怖くて……」
「いや、それは……」
ないだろう、と俺が言う前に、佳暁は少しかすれた声で続けた。
「わかってるんだ。
聡と健太が結ばれた以上、二人のことを解放してあげなきゃいけないって。
二人が僕の恋人じゃなくなっても、僕には護がいてくれるんだから、それで満足しなきゃいけないって。
でも……、だめなんだ。
護だけじゃなく、聡にも健太にも愛してもらわないと僕は……」
「佳暁」
佳暁の言葉をさえぎり、頬に手を添えて顔を上げさせる。
俺を見た佳暁の目は潤んでいて、少し不安定になりかけているのが見て取れた。
「そんなふうに言ったら、聡も健太も怒るぞ。
あいつら二人とも、お互いを好きなのと同じくらいか、それ以上にお前のことが好きなのに」
「そんなことない……」
「いや、ある。
そうでなければ健太はあんなことまで出来ないし、聡だって健太のあんな姿を見せることを許したりしない。
二人が恋人同士になっても、二人のお前に対する愛情は変わっていない。
それなのにお前が二人の愛情を信じてやらなかったら、あいつらがかわいそうじゃないか」
言い聞かせるように、ゆっくりはっきりと話す俺を、佳暁はじっと見つめていたが、やがて納得したようにうなずいた。
「うん……、そうだね。
確かに護の言う通りだ。
……眠れるようになったこと、帰ったら二人にもちゃんと話すよ」
「ああ、そうしろ。
二人ともきっと喜ぶ」
「……そうかな……」
「ああ、そうだ。
俺も、お前が眠れるようになった時はすごくうれしかったから、あいつらだって同じだろう」
「……うん、きっとそうだね」
そうつぶやくと、佳暁は安心したように体の力を抜いた。
その背中をそっと撫でてやると、腕枕をした左腕が徐々に重くなってくる。
少し不安定になりかけていたから、もしかして抱いてやらないといけないかと思ったが、どうやらこのまま眠れるようだ。
本当に佳暁は落ち着いてきたのだなと実感して安心すると、護の方もまた眠たくなってくる。
明日は仕事がすんだら、出来るだけ早く東京へ戻ろう。
そうして佳暁と二人、あの大きな家に帰るのだ。
聡と健太が待つ、四人で暮らす――これから先もずっと暮らしていく、あの家へ。
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