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迷い込んだ蝶_貮
「良いのか?」
「あぁ」
「所で兄さん、傘はどうしたんで?」
その姿にはどことなく気品があり、武家の生まれに見える。故に余計傘も持たずに外を歩いていていた事に疑問を感じた。
「途中、身籠っているおなごがおってな。体を冷やしてはならんと思ってな」
それで傘をあげてしまうなんて、なんとお人よしな男だろうか。
「菓子も買えず、傘をあげちまってびしょ濡れになってさ、挙句の果てには道に迷うたぁ……」
ご愁傷様だと呆れた調子で言えば、
「だが、悪い事ばかりでもないぞ。こうしてお主が声を掛けてくれた」
ありがたいよと笑う、この男の人となりを知りたくなってきた。
「俺は藤というのだが兄さんは?」
「私は黒田恒宣 と申す」
恒宣は武家である黒田家の二男であるという。
「お武家様でしたか」
こりゃ失礼しましたと頭を下げれば、恒宣はよしてくれと手を振るう。
「私に対して畏まる必要はないよ」
恒宣は武家の生まれだからと威張るような真似はしないようだ。
ここら一体は男も女も口が悪いのは多く、キツイ口調に聞こえる。
故に自を押さえる必要が無いとわかり、遠慮なくそうさせてもらうことにする。
「一先ず俺ので悪りぃがこれ使ってくれ」
と、自分の持つ着流しの中でいっとう上質な藤色の物を手渡してやれば恒宣が口元を綻ばした。
「なんでぇ」
こんなものは着れないといいたいのだろうか。
不機嫌そうに眉を顰める藤に、恒宣はその顔を見てあぁと呟き。
「違う、藤に藤色の着物は良く似合いそうだなと思ってな」
そう思ったらついと、真っ直ぐに藤を見つめた。
「な、何を言ってるんでぇッ」
「ふふ、では遠慮なくお借りいたす」
そう礼をして濡れた小袖と袴を脱いで藤色の着流しを身につけた。
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