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糸を張る蜘蛛_貮
あれから藤の筆は動かなくなってしまった。
春画を納められない藤に、店の主が気晴らしにでもどうだと花街にへと誘われた。
「今は遊ぶ気ぃにもなれねぇんで」
そう断りを入れて家に閉じこもる。
何もする気が起きずに、ただ、ぼんやりとしながら過ごしていれば、
「御免下され」
と外で声がする。
その声の主は二度と尋ねて来ることはないだろうと思っていた相手のもので、藤は急いで入口へと向かい戸を開ければ、目の前に恒宣の姿がある。
此処に彼が居る事が信じられなく、恒宣を見つめたままでいる藤に、
「中に、入れてはくれぬのか?」
遠慮がちに尋ねてよこす。
「あ、あぁ、どうぞ」
中へ入るように言うと、失礼すると恒宣が草履を脱いで畳にあがる。
恒宣は藤の正面で、正座をし背筋を伸ばすと頭を下げる。
「申し訳なかった。ああいうものに免疫がなく、ついあんな事を」
恥ずかしそうに俯く恒宣に、
「そうかい。初心そうだものな、あんた」
「兄上から聞いた。藤は売れっ子の絵師なのだそうだな」
「はは、春画の方ではちょいとばかり名が売れているみてぇだが、他はからきしでぇ」
そう苦笑いする藤に、
「どんな形であれ藤の絵を認めているという事だろう?」
凄い事じゃないかと恒宣が藤の手を握りしめた。
ただそれだけの言葉。なのに、嬉しくて藤の心へと浸透していく。
無性に絵が描きたくなって、
「そうだ。黒田さんの事を描かせてよ」
そう思わず口にしてしまい、すぐに、しまったとばかりに額に手をやる。
藤の言葉に、恒宣の眉間にシワがよる。
折角、こうして尋ねてきてくれたと言うのに怒らせてしまっては元も子もない。
「わりぃ、今のは」
「……よいぞ」
冗談だと言おうとした所に、恒宣の返事だ。
「本気か」
「あぁ。藤の事を理解するのには自分が体験してみるのが一番だろう?」
どうすればよいか教えてくれと真っ直ぐに藤を見る恒宣に、自分を理解しようとしてくれている事が嬉しくて藤は高揚感を覚える。
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