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囚われたのは蜘蛛の方_肆

 茶と菓子を盆にのせ恒宣が部屋に戻り藤の隣へと座る。 「それにしても初心な恒宣が、まさか藤先生と恋仲になろうとはなぁ。あ、そうだ、藤先生、俺に春画をくれねぇかな」  藤の春画だと自慢したいと言われて、どんなのが好みかを聞く。 「なっ! 藤、要らぬぞ!!」 「なんでよ、藤の春画はなかなか手に入らぬ人気ぶりなのだぞ?」 「子供たちに見られたらどうするのだ」  言い合いをする二人の姿は、藤にはただの仲の良い兄弟にしか見えず、じっと二人を見ていたら、どうしたのかと聞かれる。 「あ、いや、羨ましいなと思ってな」  自分には親代わりとなってくれた師匠は居るが血のつながりのある家族はいない。  先ほど、芳親が見せた目が余計にそう思わせた。 「俺には血のつながった家族はいねぇから」 「そうだったのか」  絵師の時は藤と名乗っているが、藤春(ふじはる)という名を師匠につけてもらったという事を話す。  藤が捨てられていたのは桜が美しく咲く頃だった。産着の裾に藤色の風呂敷が添えてあり、藤と春で藤春にしたのだと師匠は言っていた。 「でもな、俺には名をくれた師匠がいる。だから寂しくなんてねぇよ」  と笑えば、そうかと恒宣が頭を撫でてくる。  その手付きはまるで子供をあやすようで、でも悪い気がしない。 「お主の名、藤春というのか。良い名をつけてもらったな」  今まで自分の事を話したことは無く、それも良い名だと言って貰えて藤は心から嬉しく思う。 (ありがとうよ、恒宣)  恒宣が微笑みながらこちらを見ていて、視線が合うと自然と藤の口元にも笑みが浮かんだ。

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