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囚われたのは蜘蛛の方_參
流石、武家らしく立派な門構えと屋敷である。
恐る恐るその門を潜り屋敷の出入り口に立てば、使用人が直ぐに迎えてくれる。
「恒宣さま、芳親様の所にお通しせよとの事です」
「相わかった。藤、こちらだ」
着いてまいられよと先に歩く恒宣の後をついて行けば、とある一室の前で止まり、
「兄上、連れてまいりました」
と中へ声を掛ける。
「入られよ」
失礼しますと恒宣が襖を開けば、そこに座っていたのは左腕が無く左目に眼帯をした男で。
黒田の当主であり、自分の兄だと恒宣が囁く。
「ようこそ、藤先生。俺は黒田芳親 だ」
「こりゃ……、俺は、いや私は……」
礼儀など持ち合わせていない藤は、困ったなと頭をかく。
「先生、普段通りに話してくれて構わないよ。堅苦しいのは苦手なんでね」
と正座していた足を崩して胡坐をかきはじめる。
「藤、兄上がそうおっしゃっている」
気にせず座れと自分の隣をぽんと叩く。
「あ、あぁ。じゃぁ失礼するぜ」
恒宣の隣に胡坐をかいて座った所で、
「恒宣、茶をもってまいれ」
と恒宣を部屋から出て行かせた。
「さて、お主には言っておきたい事があってな」
そう言うと芳親の目がすっと細く鋭くなり纏う雰囲気が一気に変わり、藤は心に慄然とするものを感じる。
「ひと月前、恒宣が泣きながら帰ってきたことがあるのだが……」
恒宣に欲情し、無理やりまぐわう事をしてしまった。それがばれてしまったのかと思い、藤は一気に血の気を失う。
「アイツはな、何があったか聞いても口を割ることはしなかった」
「黒田、さま……」
「原因はお前だろう? だけど今日のアイツの顔を見て安心した。だから何があったかは聞かねぇ。だがな、二度とアイツを泣かせるような真似はするんじゃねぇ」
解ったなと念をおされ、藤はぐっと崩れそうになる気持ちを押さえ、真っ直ぐと芳親の目を見てわかりましたと返事する。
「なら良い」
直ぐに何事もなかったかのように気さくに話しかけてくる芳親。
兄として、弟を想っての言葉。直に伝わってきて心の蔵がきりきりと痛んだ。
それを胸に深く刻み、二度と辛い思いをさせる事はしないと心に誓った。
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